病弱Ωは太陽に焦がされる

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大手企業をいくつも経営している藤堂グループの社長である父様の次男として私は産まれた。 幼い頃から体も弱く、ほとんど家から出る事も無く小学校も通えなくて家庭教師がついていた。父様も母様も兄様を溺愛していて、それが顕著になったのは私がΩだと診断された日だった。 頭脳明晰眉目秀麗文武両道なんて、兄様の為に産まれた言葉なのだと幼心に思っていた。そんな兄様と違い私は非力でほとんど寝たきりで勉学も疎かになっていて、ほとんど愛情なんて注がれた記憶は無い。 思い返しても記憶にあるのは病弱な俺を罵倒する両親とそれを冷ややかな目で見ているだけの兄様だった。元々優秀なαばかりの家系で病弱な私が産まれた事すら不名誉なのにΩだなんて更に不名誉極まりなかっただろう。 そんな私も成人になり父様の会社の取引先の御子息と番に強制的にされ、二度も種付けをされたがその両方共に流産してしまい更に両親から見放されてしまったのだ。 『αとして仕事の出来ん出来損ないは孕み袋として良い遺伝子をせいぜい残さんか!!!』 それが父様の口癖だったのに、流産した俺は本当に出来損ないで屋敷の一番奥の部屋に居る事を命じられたのだった。俺に会いに来るのはもう主治医の先生だけで、先生も来なくなったら私の存在は無いのと同等になるのだろう。
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