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「──人が多すぎて迷っちゃたみたい……スタート地点はどっちだったかしら?」
一方その頃、お手洗いに行っていたメデイアは、その帰りに賑わう会場で少々迷っていた。
アルカーニャあげての祭だけあって、スタート兼ゴール地点の周辺には地元の名産リンゴを使ったお菓子の露店も数多く建ち並び、老若男女、大勢の見物客達でごった返している……地元の農民や漁師と思われる顔ぶれもいれば、他所から来たらしき貴族や裕福な商人の姿も見受けられる。
「確かこっちだと思ったんだけど……」
人集りに遮られる視界の悪い会場で、方角を間違えたメデイアは人気のない外れの方へと進んでしまう。
「──よし。準備はいいな。今日こそあの女に目にものみせてやるぜ」
とその時。辺りには他に誰もいない、備品置き場と思われる大きなテントの中から、そんな男の声が聞こえてきた。
「……?」
なにやら不穏なその物言いに、足音を忍ばせててテントに近づくと、息を潜めてメデイアは出入り口の隙間を覗く。
すると、中には三人のむさ苦しい男達が人目を避けるかのようにして集まっていた。
いずれも髭面で毛皮の服を纏い、一人は山羊角付きの帽子を被って首から角笛を下げ、一人は後頭部に孔雀の如く鳥の羽を生やした半裸のお祭り男、最後の一人は痩せ型で、まるで馬のように細い脚をしているが、すっかり酔っ払って馬面を赤ら顔に染めている。
「誰があのあの女を仕留めようと恨みっこなしだぜ?」
「つまり、あの女は一番速いヤツの獲物ってことだ」
あの女? 誰のことを言っているんだろう……?
「ああ。あのアドラ・ティに追いついた者から先に仕掛けられる。まさに速い者勝ちだ」
興味を惹かれ、メデイアがさらに耳をそばだたせて聞いていると、山羊角を生やしたその内の一人が、〝女〟と呼んでいる人物と思しき者の名を下卑た調子でその口にした。
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