アオノヒカリ

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 衝撃音と共に、一瞬で光咲の世界は一変した。  昨日まで見えていた景色、夢、自分が向かう道が、閉ざされる。  走って、走って、少しでも上に行くために、それしか考えてこなかった。  急に真っ暗な世界に置いてきぼりにされて、いったいどこへ向かえばいいのだろう。  * 「ライブハウス?」  杉原光咲(すぎはらみさき)は驚いて声を上げた。教室の自分の席に座っていたら、クラスメートの戸口心春(とぐちこはる)が声を掛けて来た。今までそんなに多く話したことがないクラスメートだったのに、その唐突な内容にも光咲は怪訝な気持ちで聞き返す。 「杉原さん、前にロックが好きって言ってたよね。私、杉原さんと全然遊んだこともなかったし、もしよかったら明日、一緒に行ってみない?」  今私このバンドにハマってるんだ、こういうバンドって、有名じゃないけどその分距離が近くて面白いよ、と心春はスマホにバンドの画像を映して差し出してくる。  心春は、髪もメイクもいつも気を使っていて、はみ出し過ぎず、なじみ過ぎず、適度な「可愛い女子高生」を作り上げている。女子同士の「可愛いね」という会話ができるポイントを押さえて、敵を作らず誰とでも適度に仲良く、自分の居場所のグループはちゃんと大切にしている。光咲の目にはそんな風に映っていた。器用な立ち振る舞いをしてる心春は、光咲にとって「自分と正反対な存在」だった。  光咲たちは今年の春、三年生になったばかりだった。しかし二年から三年はクラス替えもなく、二年間同じメンバーなので、特に代わり映えもしない。 「なんで私? 戸口さん、他に誘う人いっぱいいるでしょ」  率直に思ったことをそのまま口に出すと、心春は「うーん」と考えるように首をかしげる。どんな仕草も好きなく「可愛い」を意識してるように光咲には思えて、やっぱり人間として別の生き物なのではと思う。 「杉原さんと話してみたくて。そういうきっかけが今までなかったでしょ? 気分転換にでもどうかな」  光咲は、戸惑いつつも悪い気はしなかった。今まではクラスメートと必要以上に仲良くすることはなかったが、今後はそれも考えてもいいかもしれない、と思う。光咲の人生は、変わってしまったのだから。 「……嬉しいけど、迷惑じゃないかな」  ちらりと視線を下にずらす。心春もそれに気づいたのか、「ああ」と合点をしたように頷く。 「大丈夫だよ、先に伝えておくから。そんなに人も入らないし、後ろの方で見る分には問題ないと思う。じゃあ、大丈夫? チケット予約しちゃっていい? 支払いは当日その場でだから」  金額を聞いて、光咲はその場で了承した。心春は満足そうに、笑顔で「じゃあ明日!」と去って行った。光咲は音楽は好きだったが、ライブというものに行ったことはない。気にかけてくれたことももちろんだが、体験したことのない予定は少し楽しみでもあった。  光咲は、とにかく時間を持て余していた。この有り余る時間をどう過ごしていいかわからなかった。心春が光咲に声を掛けてくれた理由にあまり納得はできずにいたが、時間を持て余すよりはいいだろう。光咲にとって、何もない時間をただ消費するのは苦痛でしかなかった。でも、どうしたらそれを解消できるかもわからなかったのだ。  その日の夜、母親にライブの話を告げる。母は驚き、「遅くならないようにね」と心配を口にする反面、安堵したようにも見えた。あの日から、光咲はまともに母親と会話をできていなかったと思い当たる。今の光咲は、母にもクラスメートにも、腫れ物に触るような対応しかしてもらえていない。それを感じるのが、光咲にとっては辛かった。  松葉杖を見る。今はこの杖が光咲にとっては足同様の存在だった。これでライブハウスに行くのか、とやはり不安はあるが、大丈夫という心春の言葉を信じようと思う。  心春から明日出るバンドのリストが送られてきた。丁寧に、それぞれ曲を聞けるURLまでついている。バンドは全部で六組。ただ、時間帯的に最後まではいられないようで、見れて四番目あたりかな、とも付け加えられていた。心春が目的としてるバンドは三番目だ。  せめて心春が目的としているバンドの曲だけは聴いておこうと考えて、リンクをタップする。動画配信サイトにつながる。ライブ音源で音は荒いが、なるほど、確かに光咲が好きなジャンルだった。心春が光咲の好きな音楽を知ってることは意外だったが、好みの音楽で誘ってくれたことはありがたかった。正直、いつそんな話をしたのかも覚えていなかったが、全く興味のないジャンルだったら楽しみ方がわからなかったかもしれない。思った以上に好きな曲が流れてきて、光咲は明日が楽しみになる。ライブハウスはどんなところなのだろう。ここ二ヶ月ほどは、明日が楽しみになることなんてなかった。それに気が付いて、光咲は心春に感謝した。
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