アオノヒカリ

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 心春が、見るからに重い扉を開ける。途端に音と、中の冷気が流れてくる。心春が扉を押して入り、光咲が入るのを促す。ありがとう、と声を掛けて、光咲も中に入る。光咲が入り切ったのを確認して、心春は扉を閉める。  中はまだそんなに人が入っていなかった。五十人ほどだろうか、思い思いのところで歓談している。演奏も始まっておらず、軽くBGMが流れていた。 「壁側が楽だよね、後ろでも大丈夫?」 「うん、後ろがいいな」  壁により掛かって見れるのは嬉しい。後ろの壁と言ってもステージまでそんなに距離もない。本当に小さなライブハウスだ。  心春に促されて、ステージの真ん中あたりの一番後ろの壁に移動する。前に行くほど段差があり、後ろからステージは見やすかった。 「ここって、どれくらい入るのかな」 「うーん、三、四百人くらいじゃないかな、ここは横に広いから後ろでも見やすいんだよね、縦に長いライブハウスもあるけど」 「へぇ……色んな所に行ってるの?」 「このバンドが出るところに行くからね」  そういうことか、と光咲は納得する。バンドが出演するライブハウスに行く。今日はたまたまここだっただけだ。 「でも、このライブハウスに出ることが多いの。バンドによって出るライブハウスが決まってることが多いよ」 「心春は、なんでライブハウスに来たの?」 「最初は友達に誘われて見に来たんだけど、その対バンに出てて、『蒼』のほうが好みだったの。光咲も、もしかしたら違うバンドのほうが好きになるかもしれないよ」  そんな話をしていたら、すうっと会場が暗くなる。BGMも消える。心春が、「はじまるよ」と呟くように言う。  パッとステージに光が当たったと思うと、一組目のバンドが演奏を始める。  ドラム、ギター、ベース、音が、脳内に、体に、直接響いてくるようだった。そこにヴォーカルの声が乗る。光咲の身体すべてが音に包まれる。他には何も聞こえない。目に入るものも、ステージの光だけだ。一番後ろにいるのに、前にいる客たちもステージの一部のようだった。内臓に響いてくるかのような音の洪水に、光咲は圧倒された。  あっという間に二曲が終わって、ヴォーカルは話し出す。音がいったん消え、光咲の身体もふと力を緩める。知らずに体に力が入っていたことを自覚する。 「光咲、大丈夫?」 「え? うん……大丈夫、すごいね、音が……」 「生音、最高でしょ」  心春に言われて、そうかこれが「生音」というものか、と納得する。音源や、ライブ映像を画面を通して見るのとはまったく違う迫力。「生音がいい」「生音最高!」などとライブに行きたがる声をSNSなどで見るが、こういうことなのかと思う。  MCが終わってまた曲が始まる。低音が体に響いてくるのが心地いい。こんな世界があったのか、とライブにハマる心春の気持ちが理解できた気がする。これは多分、他では味わえない感覚なのだろう。 「光咲、大丈夫? 気持ち悪くなったりしてない?」  一組目が終わり、会場全体が明るくなる。呆然としている光咲に、心春が心配そうに声を掛けてくる。 「うん、大丈夫、ちょっと……圧倒されただけ」 「ずっとこの音の中にいると気持ち悪くなっちゃう人もいるから、そうなったら言ってね。一旦外で休むのもありだから」  会場がざわざわと動いている。ステージの前にいた人たちが入れ替わっていた。次のバンドのファンの子たちが前に行くのだろう。 「あ、心春ー!」  そんな風に人の流れを見ていたら、新しく入ってきた人たちの中に心春に声を掛けてくる人がいた。心春はそれに笑顔で応じて、光咲を見て「学校の友達なの、布教活動中!」と笑顔で伝える。だから今日はここで見てるね、と付け加える。心春に声を掛けた子は光咲というより光咲の松葉杖を見て、そっか、と納得したように移動していった。 「『蒼』のファンの子。毎回くる子は決まってるから、大体顔見知りになるんだよね」  もしかしたら、一緒に来る友達と音楽の趣味が合わないのかなと思ったりもしたけど、やはり違うらしい。心春は、今日光咲が来なくても、あの子たちと一緒にライブを見ることはできたのだろう。
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