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光咲はなぜ自分を誘ってくれたのだろう、とやはり理解できないが、とりあえずせっかく来たので楽しもう、と切り替える。
そうこうしてるうちに二組目のバンドの演奏が始まり、また音に身体をゆだねているとすぐに終わってしまう。
「次だよー! あぁ楽しみ」
心春の表情が変わる。
心春はいい子だ。今までちゃんと会話した記憶がほとんどないけど、今日一緒に来ただけでも色んなことに気を使って、周りが見えてる女の子であることはよくわかった。そんな心春が大好きというバンドには、純粋に興味があった。
ステージ前に人が増えていく。気づくと会場全体の人も増えていた。後ろまで人が入ってると言うほどではないが、前の方から真ん中あたりまでは人が詰まっている。心春に気づいて声を掛けていく子も多く、そのたびに「今日はここで見るの」と説明していた。
「いつもはもっと前で見てるの? 私のことは気にせず前に行ってもいいよ?」
「そうだけど、いいの、今日はここで見る。後ろから見るのも新鮮だし!」
心春は少し興奮気味に言う。よほど楽しみなのだろう。その気持ちが光咲にも伝染してきた。
『蒼』というバンドは、想像以上に光咲の胸を突いた。
激しい音の波に乗せられた歌声が、先ほど見た二つのバンドとは全く違うように光咲には感じられた。
声が、通る。
激しい曲調で、たくさんの音が光咲の身体に響いてくるのに、その声はそれらを抜けて、直接耳に届いてるようだった。優しく、切ないような歌声。メロディアスなメロディーライン。心臓が鷲掴みにされたような錯覚を起こす。光咲は、なぜかわからないまま高鳴る心臓を止められなかった。音が心地いいのに、なぜか苦しい。歌詞もちゃんと聞きとれないのに、なぜか同調する、感情が揺さぶられる。
曲が終わり、パッとステージが明るくなる。音が止まり、ヴォーカルが話し出す。
「……光咲? 大丈夫?」
心春に問われて、はじめて気づく。
光咲はいつの間にか泣いていた。なぜかわからないままに涙が止まらなかった。
涙など、もう枯れ果てたと思っていたのに。
そして思う。人を心を揺さぶる、こういうものを「才能」というのではないか、と。
*
二ヵ月前、光咲は交通事故に遭った。
それはあまりに唐突で、今も光咲はあまり前後のことを思い出せないでいた。ただ、歩道を歩いていただけだった。そこに、居眠り運転の車が突っ込んできた。覚えているのは周りの悲鳴と、大きな音。その次に気づいたのは病院だった。車が突っ込むところがあと少しずれていたら、光咲の身体は電柱に挟まれて助からなかっただろうと言われた。命があるだけ良かったと、両親は涙ながらにそう言った。「命が助かってよかった」、「不幸中の幸いだ」と。
光咲には、とてもそうは思えなかった。
『蒼』の出番が終わり、心春に連れられて一旦外に出る。
MCの時にも「一回出る?」と聞かれたが、光咲は大丈夫と応えていた。気分が悪いわけでも、聴きたくないわけでもない。寧ろ、ずっと聴いていたい気持ちのほうが強かった。同時に、その場から逃げ出してしまいたい気持ちもあった。しかし、その両極端の感情を湧き上がらせる音楽に、抗えない魅力を感じていた。演奏が終わってもなかなか泣き止まない光咲を、心春が連れ出した。
「ごめん、心春戻っていいよ、私は大丈夫だから」
「私は蒼が見れればいいの。アンケートも書きたいし、ちょうどいいよ。このライブハウスは物販外だから」
受付とステージ入る扉の間には広い通路で、ちょっとしたスペースになっている。来たときにはなかったテーブルが並べられていた。そこには各バンドのCDやグッズなどが並べられており、ひとバンドに一人は受付の人が立っていた。
心春は「そうだ、ドリンクを取りに行くよ」と言ってくれた。チケットを渡して、オレンジジュースを頼むと、それを持って戻ってくる。光咲にドリンクを渡してから、『蒼』のテーブルの前に行き、アンケートを受け取って戻ってくる。
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