アオノヒカリ

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 退院するといつのまにか春休みが終わっていて、三年生になっていた。気が付くと、松葉杖をついて教室にいる光咲は、特に仲の良いクラスメートもおらず、遊び方も知らない、勉強もそうできない、何にもない空っぽな存在でしかなかった。毎日部活漬けだった放課後と土日がぽっかりと空いてしまう。いったい何をして時間を潰せばいいのかわからない。松葉杖がなければ歩くこともできない状態もあり、光咲は家に引きこもっていた。両親が心配しているのはわかったけれど、どうしようもなかった。  心春が声を掛けて来たのは、そんな時だった。  バレー部は基本全員寮生活だったが、幸いなことに光咲は家がそこまで遠くはなく、今は家から通わせてもらっている。顧問も何も言わず、とりあえず光咲の気持ちが落ち着くのを待ってるように思えた。それに甘えて、まだ今後の話も何もしていない。週に三回、病院にリハビリに行くことだけが、唯一の予定と言えた。  光咲は、部屋でベッドに横になりながら、『蒼』のライブ音源を聴いていた。ヴォーカルのヒロの声は、光咲の感情を強く揺さぶり、酷く不安になる。でも、それが不思議と嫌じゃない。寧ろどんどん癖になって行くような、不思議な感じ。音楽を聴いてこんな気持ちになったのは初めてのことだった。光咲は『蒼』の曲を聴いては泣いていた。母親が何事かと心配してるのがわかるが、光咲には今、その時間が必要な気がしていた。  ふとスマホから視線を外すと、そこにはトロフィーやメダル、写真が飾られていた。光咲が今までバレーボールで残してきた成績だった。事故直後は見るのも嫌で全て捨ててしまおうかと思ったが、どうしても出来なかった。自分が頑張ってきた結果だと思っていたその輝きは、今の光咲には、手の届かない物のように思える。小学生のときも中学生のときも、最高学年ではキャプテンとしてそのトロフィーを掲げてチームの真ん中に映っている。誇らしげに、最高の笑顔で。  あの日から、リハビリと被らない日は『蒼』のライブに行くようになった。母親は心配しつつも、引きこもり気味だった光咲が外に出ることには安心しているようだった。友達と行く、という言葉も大きかったのだろう。  蒼のライブは、光咲にとっては感情を揺さぶられる、だけど不思議と元気になれた。蒼のライブの時だけは、バレーのことを忘れることができる。そして、毎回ライブのたびに涙してしまう。いつの間にかファンの子たちからも風物詩のように「毎回泣く子」として認識されていた。なぜなのか、光咲にもよくわからない。全く涙もろい方ではないと自認していたのに、『蒼』の曲を聴くと自然に涙が溢れてしまう。不思議な感覚だった。涙にはストレス成分があると聞いたことがある。泣くことは、ストレス解消にもつながる。それならば、悪いことではないのだろう。光咲は他の子たちと違って、ステージの前で音に乗ったり跳んだりすることはできなかったが、十分ライブでストレス解消をしていると感じていた。  基本は心春と一緒にいたけれど、心春がたまに来れない時に一人で行くこともあった。なんとなく蒼のファンの子たちの顔も分かってきて、声を掛けてくれる人もいた。バレー部以外に親しい友達がいなかった光咲は、新しく友達が出来たようで嬉しかった。  ヒロともあれ以来、顔を合わせるたびに少しだけ会話をすることがあった。話をするうちに、『蒼』というバンドの曲は作詞も作曲もヒロがやっているということを知って、この人は天才なんじゃないかとまじまじと見つめてしまったことがある。きっと、どの世界も才能と努力が物を言うのだろう。素晴らしい楽曲の裏には、きっとたくさんの努力があるのだろう、それが一体どういう努力なのか、音楽づくりを知らない光咲には想像もできなかったが。  光咲がはじめてライブに来てから一ヵ月ほどしかたっていないが、『蒼』を見に来るファンが一ヵ月前より増えているのを感じていた。こんなペースで増えるものなのか、と驚いたが、心春には「『蒼』の音楽がいいから増えてるの、どのバンドも増えるわけじゃないよ、『蒼』はファンが増えるペースが速いと思う」と言っていたので、やはりそれはヒロたちの実力によるものなのだ、と光咲は納得した。
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