アオノヒカリ

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 ふと、バレーの悩みなんか全て捨ててしまって、月に何度かこのライブに来ることだけを楽しみにしてもいいのかもしれない、と頭をよぎることがあった。もう、考える事にも疲れてしまった。ライブは、いつでも光咲を受け入れてくれる。ヒロの歌と曲は、全てを忘れさせてくれる夢の中のような瞬間を、光咲に与えてくれた。  バレーを続けようとしたら、辛いことばかりが待ってるに違いない。その上、きっともうライブには来られない。悩んで、しんどい思いをして、なぜそっちの道を選ばなきゃいけないのか。光咲はよくわからなくなっていた。それくらい、ライブハウスは心地よく、『蒼』の音楽は光咲にはなくてはならないものになっていた。  ヒロが言う「好きだからやってる」という言葉が光咲の心に残っていた。光咲も、バレーボールは大好きだ。事故が無かったら辞めようとは思っていない。  ーー事故が無かったら。そう思うと考えても仕方がないループに陥ることを知ってるので、光咲は軽く頭を振ってその考えを振り切った。  翌日、バレー部の顧問に呼び出された。覚悟はしていたが、ついに来てしまったかという気持ちを隠しきれなかった。光咲はスポーツ推薦で入学している。だから、バレー部を辞めるなら授業料等の話にも及ぶだろう。もしかしたら、この学校にいられなくなるかもしれない。親とも話し合わなければならない。光咲は軽く目を閉じて、ゆっくり開いてから顧問が待つ進路指導室へ入った。 「松葉杖、取れたか。大変だったろう」  顧問は厳しいけれど、プレーから離れると穏やかな人だった。選手の話をよく聞き、どうしたいか聞いてくれる。自分の頭で考えることを尊重してくれる。今のプレーはどうしたかったのか、どういう意図があったのか。とにかく指示通りやれという指導者が多い中で、この先生の元でバレーがしたくてここに来た。この学校が強豪であり続けるのも、この顧問の力が大きいと光咲は思っている。  まあ座れ、と顧問に促されて光咲は向かいの椅子に座る。 「色々話さなきゃならんことはたくさんあるが、単刀直入に聞くぞ。バレー続ける気あるか」  直球に聞かれて、光咲は顔が固まる。バレーを続ける気が、あるのか。光咲は、無理だと思っていた。復帰にはあと一年はかかる。上手く復帰できたとしても、卒業間近だ。春高は、他のスポーツの試合より開催時期が遅い。だからこそ、三年生は進路が決まってるような選手が出る。それまでに進路が決まっていない場合、引退になる。  どう計算しても光咲は、引退ギリギリの復帰しかできず、そう考えたときに光咲に「バレーを続ける」という選択肢はないと思っていた。 「……続けることなんて、可能なのでしょうか」 「高校で試合に出るのは厳しいかもしれんな。だけど、リハビリをしながら練習をするために部に置くことはもちろんできる。俺は杉原に、選手兼コーチのような存在になってほしいと思ってる。お前は他の選手より多くの経験をしてる。それを選手に伝えることは、チームにとっても大きなものになると思うし、杉原の経験にもなるだろう」 「コーチ……」  それはつまり選手としてだけならもう、難しいということだろう。復帰までの時間を聞いて、何度も何度も計算した。例え身体が動くようになっても、試合に出られるほど練習する時間は残っていない。もう、このチームの選手ではいられない。わかっていたのに、そう告げられた時、一瞬、頭が真っ白になった。 「プレーができないのに……チームにいるのは辛いです……」  自分でも情けないくらいに声がしぼんでいった。もうプレーができない。自分で言った言葉も、光咲の胸をずきずきと刺してくる。 「そうだな、その気持ちもわかる。無理強いはできない。だけど考えてみろ。バレーは、高校だけじゃない。チームに残ってリハビリをしながら練習をすれば、大学で続けることはできる」  顧問が、プレーの出来ない気持ちに寄り添おうとしてくれてるのはわかる。きっとこれまでもけが人を沢山見てきたのだろう。光咲は、すぐに返事をすることはできなかった。顧問は「色々調整もあるから、長くは待てない、できるだけ早く決めて欲しい」と言った。待てても、一ヶ月だと。それでも一ヶ月も考える時間をくれるのはありがたいことなのだろう。そして、見学ならいつでも来い、とも。  高校ではリハビリに専念して、国体もインターハイも春高も出ないまま、大学でバレーを続ける。プレーできない状態でバレーの強い大学に行けるのだろうか。自慢ではないが、学力での入学は無理だろう。今から全力でやっても、きっと難しい。  光咲は、怪我をしてから一度も部に顔を出していない。クラスにもひとりバレー部の子……桜という子がいるが、声を掛けてくれることはあっても、バレーの話は避けていた。気を使ってくれているのがわかる。寮から家に戻ったこともあり、きっとみんな心配している。一度はちゃんと行くべきだと思っていたのに、行けなかったのだ。入院中にお見舞いにも来てくれていたのに、どう頑張って想像しても、笑顔を見せる自信がない。  光咲は、今なによりも、誰かがバレーボールをしているところを見るのが怖かった。
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