あの子

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 三時半になった。祐樹は借りた服と靴を持って剣持の家に向かう。坂をくだっていると案の定、灰色の雲が立ち込めはじめた。祐樹は足を速めた。  半分くらい来たところで雨がぽつぽつと降り始めた。傘を持ってきてよかった。黒い雨傘をさす。右手の川の方角を見ると今日も男の子がいた。 「君、君は昨日の子だね。雨だからお父さんとお母さんのところに行ったほうがいいよ」 「僕は雨は平気だよ。雨の日じゃなくちゃこの世にこれないんだ」 「え? この世?」 「うん。だからいつも雨よ、降れって思ってるんだ」  この子はふざけているのか。まるで自分が幽霊みたいなことを言っている。でもこれだけ良晴に似ているとちょっとゾッとしてしまう。  雨が強くなってきた。男の子のグレーのTシャツも黒く色が変わってしまっている。髪がおでこに張付いている。 「とにかく、川から離れよう」  祐樹は今日も男の子の手を取った。男の子は物凄い力で振り払う。 「僕は平気なんだったら」  そう言うと、今日も祐樹の家の方角へ走って行ってしまった。  剣持の家に着いた。インターホンを押す。加奈子が引き戸を開けた。 「借りていた服を返しに来ました。今日も降られちゃったんですけどね」 「急がなくてもよかったのに。あがってお茶でも飲んでいって」 「いや、今日は帰ります。変な男の子に会ったんですよ。山の方角へ行ったんですけど、どうしたのか気になって」 「そう……。あ、祐樹くんの服と靴、返すわね。天気が良かったからすぐ乾いたわ」  祐樹はビニール袋を受け取ると白い歯を見せてお辞儀をした。  帰り道もまだ雨が降っていた。例の男の子が山の方角から歩いて来た。びしょ濡れだ。傘も持たずに逃げてしまうから……。 「君、お父さんかお母さんはいないの?」 「お父さんなら目の前にいるよ。お父さん」  男の子は口だけで笑うと祐樹を睨みつけた。 「え?それはどういう意味?」 「お父さんにお父さんって言っているんだよ。お父さん、お父さん、お父さん」  男の子は狂ったようにそう言って今度は剣持の家の方角へ走って行った。
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