あの子

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 下り坂が終わると左手に川が流れる道路になって、この川で従弟が死んだ。川幅四メートルくらいだろうか。たいして大きくもない川なのだが雨の後などは水嵩が増す。従弟が溺れたのは前日に夕立があった日だった。  さっきまで晴れていたのに灰色の雲が立ち込めて一雨来そうな雰囲気になってきた。祐樹は傘を持って出ればよかったと後悔する。この辺は雨宿りできる場所がない。剣持に傘を借りるか、休ませてもらうか。  ぽつぽつと雨が降り始めた。稲妻が灰色の雲の中で怪しく光っている。祐樹は走った。剣持の家までは走れば五分で着くだろう。だが、走り始めたのを合図のように雨は激しく降り始めた。雨でかすむ視界の中に小さな男の子が見えた。右手の川のほうだ。どこの子か知らないが危ないから注意した方がいい。 「君、ちょっと」  男の子は背を向けていたのだが、声に気が付いたのか祐樹の方を向いた。従弟によく似ている。背格好も小学四年生くらいだ。 「良晴(よしはる)? まさか違うよな」  従弟の名前は良晴といった。死んだ人間が現れるわけがないのだが、つい言ってしまった。祐樹は男の子に近づいてよく顔を見た。そっくりだ。 「お兄さん、僕はそんな名前じゃないよ」 「そうか。そうだよな。とにかく雨が降っているときは川の近くは危ない。お兄さんと一緒にこの近くの家に行こう」  祐樹は男の子の手を取った。男の子は頭を振る。 「僕、一人で平気だよ」 「でも、夕立が来ているんだよ」  男の子は笑顔になって祐樹の手を払いのけた。そして踵を返したかと思うと走って祐樹の家の方向へ行ってしまった。
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