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風呂場から出てドライヤーで髪を乾かした。乾かすといっても長髪ではないのですぐ終わる。加奈子が用意してくれたのはポロシャツにスラックスだった。着替えとしては十分だ。
「あら、似合っているわよ。奥の部屋で主人が待っているわ。祐樹くんはお茶とコーヒーどちらがいい?」
「何から何まですみません。お茶をください」
奥の部屋は義一が本を読んだりする和室だ。前にも訪れたことがある。娘の久恵がまだ東京に出る前だった。久恵に本を借りようとしたら義一の持ち物でこの和室に入って本棚を見たことがある。
部屋に入ると義一が座布団の上であぐらをかいて座っていた。
「おじさん、久しぶりです。祐樹です」
「ああ、名前を言わなくても分かるよ。十年ぶりくらいじゃないか?」
東京の大学へ行って以来だからその通りだ。
「はい。今は東京の病院で働いているんです」
「久恵も東京で働いているよ。連絡をとったりしているのかい?」
「いいえ。でも連絡先は知っています」
ノックの音が聞こえて加奈子がお茶を二つとどら焼きを持ってきた。ちょうどいい。話題を変えよう。
「さっき男の子に会ったのですが、どこの子か分かりますか?」
「さっきってここに来る途中かい?」
義一は驚いたように言う。心あたりがないのだろうか。
「はい。雨の中、川の近くに居ました。危ないよって言ったら山のほうへ走って行っちゃったんです」
祐樹は肩をすくめた。
「ここら辺に男の子はいないよ。町のほうから車で魚釣りをしに来る家族連れがたまにいるけど、夕立の中、男の子は一人だったんだろう?」
そうか。祐樹がここに住んでいたときも魚釣りに来る人はいた。親がいたのを気づかなかっただけなのかもしれない。
「一人でしたけど視界が悪くて。もしかして家族がいたのかもしれないですね。僕はてっきりおじさんの親戚の子だと思ってしまいました」
「うちの親戚に男の子はいないよ」
祐樹はお茶を飲んだ。この家にも自分の家にも関係ない子ならよそから来た子に間違いない。
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