あの子

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「お母さん、今日、町から魚釣りに来ていた家族はいた?」  男の子は家の方角へ走って行った。この近くに車を停めていたのだろうと考えられる。誰か見かけた確率は高い。 「いいえ。いなかったわよ。と言っても私が出かけたのは迎え盆のときだけだけど」 「誰か、見た人はいる?」  祐樹は全員の顔を見回した。みんな沈黙している。誰も見てないのか。 「お盆の時期は水難が起きるといって町の人もあまり来ないじゃろ」  祖母が茶碗をお盆に置いて言った。そうか。確かにそういう言い伝えがある。義一も忘れていたか。 「今日、男の子を見たんです。川の近くで」 「それは良晴じゃ。お盆に帰って来たんじゃ」  全員が食べる手を止めた。嫌な時間が流れる。 「良晴なら会いたかった」  叔母がぽつりと言った。祖母が顔を緩めるとみんな食事を再開した。  お風呂は父が一番最初に入る決まりになっている。祐樹は二番目だ。この家のお風呂もタイルでガスの湯沸かし式になっている。祐樹はゆっくりお風呂に浸かった。  二階の部屋は祐樹が高校を卒業したときのままだ。六畳の畳の部屋に、勉強机。押し入れには布団が入っている。祐樹はお風呂上りのパジャマ姿で畳の上にごろりと横になった。明日は何をしようか。夕方に剣持の家に服を取りにいくとして、それまでは時間がある。同級生で帰省している人はいないのだろうか。そういえば剣持の家の久恵は帰ってこないのだろうか。明日、連絡を取ってみよう。祐樹は高校一年生のとき、久恵と付き合っていた。喧嘩や仲たがいして別れた訳じゃない。なんとなく距離をおくようになってしまっただけだ。
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