1.梅雨のはじめ

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「あの、こちら、食事はできますか?」 「はい。うちはモーニングが売りなんですが、他にも色々あるのでご覧ください」  トレイに水とおしぼり、メニューを持って、俺はテーブルに向かった。  雨に濡れた彼は寒くないだろうか。 「エアコン、少し温度上げましょうか。冷えましたよね」 「あ、ありがとう」  ふわりと微笑んだ彼は、メニューを見て、Bセット、お願いしますと言った。ハムとチーズのホットサンドに飲み物はミルクティーだ。  いつもなら、常連さんが次々に入ってくる時間なのに、今日は誰も来ない。開店のプレート、ちゃんと出しておいたよな、と首を傾げた。  きつね色に焼きあがったホットサンドに、さくっと斜めに切れ目を入れる。たっぷりのバターで焼かれた香ばしいパンの香り。  ハムと溶けたチーズがパンの中にじゅわっとしみ込んでいる。紅茶はアッサムで、おかわりの分も小さなポットに用意した。カップとピッチャーが温まっているのを確認して、ミルクを少し加熱する。 「お待たせしました」 「……わ、おいしそう」  ぱっと輝く笑顔は、彼を幼く見せる。すぐに手を伸ばそうとしたのを見て、慌てて止めた。 「ミルクティーもホットサンドも熱いので、気をつけてくださいね」 「は、はい」 「どうぞ、ゆっくりお召し上がりください」  カウンターに引っ込んだ後にそっと見れば、彼は恐る恐るカップに手を伸ばしていた。ふうふう吹きながら紅茶を一口飲み、ぱちばちと瞳を瞬く。砂糖は多めの二杯で、たっぷりとミルクを注ぐ。そして、冷めるのをじっと待っている。  ホットサンドは、端から小さくかじっていく。チーズのところはやっぱり熱かったみたいで、びくっと肩を震わせて、慌てて水を飲んでいた。  なんだか可愛い。小動物みたいだな。  思わず、じっと見つめてしまう。早く食べたいのだろう。ふうふうと一生懸命サンドを冷ましている。その後に用心深く、小さな口でかりっと齧る。もぐもぐ食べると、ぱちぱち瞳を瞬く。  あ、笑った。美味しかったみたいだ。よかった、とこちらまで嬉しくなる。
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