1.梅雨のはじめ

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1.梅雨のはじめ

 あの子が店に姿を現したのは、梅雨の初め。篠突く雨の降る朝だった。  チリーン、とドアの上に付けたベルが鳴る。 「いらっしゃいませー!」  カウンターから覗いてみても、店内に入ってくる人の姿はない。  雨が滝のように流れる窓ガラスに目を凝らせば、ドアの向こうに立つ人影が少しだけ見える。  ……店に入るかどうか悩んでるのかな。  考えてる最中だったら悪いけれど、雨音がさらに強くなったので、俺は思い切ってドアを開けた。 「おはようございます。雨がひどくなってきたから……。よかったら、中に入りませんか?」 「あ、すみません」  ……驚いた。  細い体、細い髪。雨粒がぱらぱらと淡い茶色の髪に付き、きらきらと光って見えた。薄手のパーカーを着てフードをかぶっているけれど、すっかり濡れてしまっている。 「わ、濡れましたね。どうぞ入ってください。今、タオル持ってきます」  うちの店は、雨の日のお客さん用タオルをいつも用意している。常連さんから急な雨に降られて困った話を聞いて、用意することにしたのだ。  店の中に入っても、客は困った顔をしている。 「どこでも、お好きな席にどうぞ。ああ、ご注文は気にしないでください。雨がひどいので、少し休んでいかれたらと思って」 「ありがとうございます。でも、結構濡れてるので……。椅子が濡れてしまいます」 「大丈夫ですよ。うちは木の椅子だし、良かったら、こちらのハンガーを使ってください。パーカーも広げてたら、少しは乾くかもしれない」  タオルとハンガーを渡すと、初めてにっこり笑った。俺はそこで、相手がものすごく整った顔をしていることに気がついた。  小さな顔にくっきりした大きな瞳。長い睫毛も肩までの髪も、淡い茶色だ。そして、瞳の色も。身長は170はないだろう。大学生? だろうか。男なのか女なのか迷うような、中性的な雰囲気を持っている。  丁寧に髪を拭き、静かに窓際の席に座る。パーカーを脱いでハンガーにかけた時に初めて、男だと分かった。体のラインに丸みがないのだ。
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