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「ごめん、落ち着いて聞いてほしい」
全部、僕が悪いんだけどと呟きながら私の背を撫でた。何往復もして、やっと私は息を吐くと、旭くんの手が私の頬を包んだ。
「加奈さんが僕をレンタルしたんだ。彼氏の振りをして両親に会ってほしいって言われて」
「そうなの。だっていつもお母さんたちが『彼氏出来た?』って訊いてくるから。偽者でも合会わせたら満足するかなって。まさかレンタルしたのがお姉ちゃんの彼氏なんて知らなかったの」
「由奈ちゃんが本当の僕の恋人。君がお金を払う必要なんてない。むしろ貢がせて欲しいくらいだよ、ね、信じて」
真っ直ぐな瞳は私が知っている旭くんのものだ。誠実で優しい彼の姿だった。それでも私は彼の言葉を信じきれない。
「嘘よ」
「嘘じゃない」
「だって浮気チェックリストが当てはまってるもん」
「え、あんた浮気してるの」
「してないよ。チェックリストって何?」
妹が彼の胸ぐらを掴んでいる。どこで覚えてきたのか、偶に野蛮な行為が現れる。
「スマホをずっと持ち歩いてるし」
「それは依頼人からメッセージが届くから」
「私の前で通知が届いてもすぐ見ないで、しまっちゃうし」
「レンタル彼氏をしてるってバレたくなかったから」
「どっか旅行によく行ってる」
「出張サービスとかがあって、遠出することもあるから」
「イベントとかメイクに詳しくなった」
「それは依頼人が話してるのが耳に入ってくるから」
「服とか身だしなみに気を遣ってて、なんかどんどんカッコ良くなってるし」
「ありがとう。レンタル彼氏に採用される時にファッションですごく怒られちゃったんだ」
「……全部バイトだったってこと?」
「そうだよ。そうなんだ。良かった、信じてくれて」
旭くんがもう一度私を抱きしめた。そうか、私の勘違いだったのか。納得がいきそうになったが、それでも胸の奥が詰まっていた。
私がいるのに、恋人との時間を犠牲してどうして他の女とデートしてるの。問いかけようとするが、恐怖で喉から声が出てこない。もし、私とのデートがつまらないからって答えられたらどうしよう。
「由奈ちゃん、思ってること話してよ。お願い、我慢しないで」
「旭くん!私……どうして、」
「どうしてレンタル彼氏をしてるのかってこと?」
静かに頷いた。どんなことを言われてしまうんだろう。胸が忙しなく鳴る。
「由奈ちゃんの隣に立ち続ける為だよ」
「え」
「おしゃれで可愛い由奈ちゃんの彼氏なのに、僕はずっとオドオドして、頼りなかったから、いつか振られちゃうと思って。デートとかリードする練習代わりに応募したんだ。志望動機にも書いたから、もしかしたら証拠残ってるかも。待ってて」
スマホを操作しようとしている彼の手を掴む。
「なら私とデートの練習をしてよ。寂しかったんだから」
「由奈ちゃん!」
「旭くん!……あっ、痛い」
いい雰囲気を勢いよく開くドアに邪魔された。
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