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「あ、ごめんなさいね。あら、そちらが噂の彼氏かしら」
腰を押さえた娘を気にせず、母がおっとりと家からドアから顔を覗かせた。
「加奈、いつまで彼氏を外に居させるのよ。どうぞ」
旭くんがお母さんに会ってしまった。絶望感が私の体を満たす。加奈の、妹の彼氏として出会ってしまった事実はもう取り消せない。私はぎゅっと拳を握りしめた。旭くんが私から離れる。
「はじめまして」
もう聞きたくない。やめて。
「僕は結婚を前提にお付き合いしている矢吹旭です」
「あら、はじめまして。いつも娘がお世話になってます」
進行する挨拶から目を背けた。
「こちらこそ、娘さんには助けられてます」
「そうかしら。案外、抜けてるのよ、この子」
「知ってます。そんなところも可愛らしくて癒されてます」
バイトなのにちゃんと加奈のことが分かってる。旭くんの仕事姿に思わず見惚れてしまった。背筋は伸び、丁寧で穏やかな雰囲気、且つ自信も見て取れる。こんな表情を今まで他の女性に見せていたのね。
「お母さん、いつまでそこで話しているつもりなんだ。おれにも紹介してくれ」
奥から父の声が聞こえ、ドアが更に開いた。Tシャツ姿の父がゆったりと現れる。
「お父さん、こちらが由奈の彼氏の旭さんよ」
「え?」
思わず声が出る。父も首を傾げ、ポカンと口を開けていた。
「由奈の?加奈の彼氏が来るんじゃなかったのか」
「私の彼氏は急用で来れなくなった」
淡々と加奈が告げる。
「すみません、急に訊ねてしまって。どうしても由奈さんに会いたくて寄ってしまいました」
「あら」
「おおっ」
両親が手を取り合って頬を赤らめている。
「すごく愛されてるのね」
「いい子じゃないか。ほら入りなさい。ちょうど沢山料理を作ったところだったんだ」
「ありがとうございます。失礼します」
旭くんが堂々と実家の中へと入っていく。思わぬ急展開についていけないまま、私は妹と共に取り残された。
「えーっとこれで良かったのかな?」
いいよね。だって旭くんは浮気してなくて、両親にも真実を告げられたからハッピーエンドだ。彼氏紹介記念日と名付けよう。同意を求めて加奈の方に向いた。
すごく怖い顔をしている。いつものふんわり柔らか女子の面影はない。言葉で言い表すのも恐れ多い。誰なの?さっきまで加奈がいたはずなのに。般若か鬼に入れ替わったみたいだ。
「お姉ちゃん」
人生で耳にしたことがないほどの暗く、低い声が聞こえて、周りを見渡した。もちろん私たち以外は誰もいない。目を逸らしている間に私の肩が加奈に捕えられる。
「今すぐあの男と別れて!」
「え、加奈?」
「あいつは彼女がいるのに、レンタル彼氏で他の女性とデートとかアレコレしてるのよ。そんな奴、クズでしょ!」
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