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第３話 唇を奪われて
食べている間じゅう、ナオミさんは外国旅行や最近読んだ本のことなどを一人で喋った。
私が海外へ行ったのは新婚旅行でフランスへ行っただけ。本は美容室へ行ったときに女性週刊誌を読むぐらいでほとんど読まない。
ヨーロッパの観光地のことや文学からマンガまでの幅広いジャンルのことを楽しそうに話すナオミさんにはとてもついていけない。
「ごめんなさい。わたしばっかり話して。つまらなかった？」
「いえ。そんなことはないです」
私は作り笑いをした。
ナオミさんの話すことに興味はある。だが、知識がないので理解ができないだけ。
「料理は口に合った？」
ナオミさんの作った料理はどれも美味しかった。
美人で小説が書けて、料理もできて知識もたくさんあるナオミさんはずるい。
「おいしいかったです」
「口に合ってよかった。そろそろ子どもたちにジュースの追加でも持って行こうかな」
ナオミさんが立ちあがろうとする。
「じゃあー、私が持っていきます」
椅子を引いて立ち上げろうとした私をナオミさんが手で制した。
「いい。そのまま座ってて。手伝ってもらったうえに、そんなことまでしてもらったら悪いし」
ナオミさんがほとんどしてくれたので、私は大したことはしていない。
このままでは、まるで食べにだけ来たみたいでなんとなく気まずい。
「でも……」
「本当にいいから」
ナオミさんはさっさと立ち上がってジュースを持っていき、戻ってくると冷蔵庫を開けた。
「子どもたちはゲームをしてた。わたしたちの分のケーキはないけど、チーズとワインがあるの。どう？」
高級そうなワインとチーズといえばプロセスチーズしか食べだことがない私でも分かるような見るからに高そうなチーズの塊がテーブルの上に置かれた。
「いや、そんな」
「飲むでしょ？」
私の返事も聞かずに、ナオミさんはオープナーをコルクに突き刺して開けようとする。
「私はいいです」
「どうして？ ワインは嫌い？」
「嫌いではないですけど……。まだ家に帰ってしないといけないことがありますから」
家の用事はだいたい済ませてあるが、なんだか夫に悪い。
夫の会社は土、日は休みだが、急な出張が入って九州に行っている。
家族のために夫が働いているのに、妻の私が昼間からお酒を飲むのは気が引けてしまう。
「一杯ぐらいいいじゃない」
「ええー。でも」
「付き合って。それともお酒は飲めない？」
「そんなことはないですけど」
それほど強くはないが、まったく飲めないということもない。働いていたときには、同僚と飲みに行くこともたまにはあった。
「エリの誕生日を一緒にお祝いして」
私の前にワイングラスを置くと、ナオミさんはワインを注いだ。
「じゃあ、一杯だけ」
そう言われると断りにくい。仕方なくグラスに口を当てた。
ワイン独特の渋みの後に果物の風味が口の中に広がる。
高級なワインは渋みだけではないとよく言われるが、あまりワインの味がよくわからない私でもなんとなくわかる。
きっと、いいワインなんだろう。
だが、私は赤ワインの渋みが少し苦手。
「このチーズを食べてみて。ヤギのミルクで作ったチーズなの。珍しいでしょ」
顔がたぶん歪んでいたんだと思う。ナオミさんがチーズを勧めてくれた。
「いただきます」
ヤギのミルクという珍しさにつられてナオミさんが切ってくれた一かけらを摘んでみる。
クセの強い味だが、口に残っていたワインの渋みが消えていく感じがする。
「どう？ 合うでしょ」
「ええ。ワインが美味しく感じます」
グラスに口を当て、ワインを飲み干す。たしかにチーズはワインとよく合った。
「そうでしょう。飲んで」
「えっ。私はもう……」
断ろうとしたが、ナオミさんは私の言葉を無視。
グラスに注ぎ入れてくる。残すのも悪いような気がして飲むしかなかった。
お酒がそんなに強くない私はだんだん気持ちよくなってくる。
たぶんアルコールのせいだとは思うのだが、私の口はいつもより滑らかになっていた。
ナオミさんは聞き上手で気がついたら、夜の夫婦生活の愚痴まで話している。
「そう。旦那さんとはご無沙汰なんだ」
ナオミさんのブルーアイが妖しく光ったように思えた。
「ええ、まあ。ナオミさんの方こそどうなんですか？ ナオミさんほどの美人だったら、男の人は放っておかないんじゃないですか？」
さすがに気恥ずかしくとなってきて、話題を変えようとした。
「わたしは女子校出身だから女同士でキスしたり、ハグしたりしたことがあるけど、沙也加さんはある？」
ナオミさんがゆっくりと立ち上がる。
「それぐらいなら」
私も高校は女子校だった。
女子ばかりという気軽さもあって、休み時間に膝の上に座ってくる子もいたし、ノリで友だちとハグしたり軽いキスぐらいはしたこともあった。
でも、ナオミさんはどうしてそんなことを聞くんだろう。
「そのとき、いやだとか気持ち悪いとか思った？」
「別に。友だちですし、ノリでしたから」
私は首を横に振った。
抱き合ったりキスしたりするのは仲のいい友だちとのちょっとしたおふざけ。気持ち悪いとかそんなことを思ったことはない。
「そう。わたしもよ」
ナオミさんがいつのまにか後ろに立っている。
何かいやな予感がした。
「そうなんですか。そろそろ帰らないと」
このままここにいてはいけないという予感がする。
「まだいいでしょう。莉緒ちゃんはまだ遊んでるんだし」
立ち上がろうとしたが、細身だが私より１０センチ以上背の高いナオミさんに上から両肩を押さえられて立ち上がれない。
「まだ、家の用事がありますから。莉緒は一人で帰れますから先に帰ります」
ナオミさんの雰囲気に危険なものを感じる。後ろを振り返ると、ナオミさんと目が合った。青い瞳が妖しく光っている。
「そんなに急いで帰らなくてもいいでしょう。ご主人、今日は帰ってこないんでしょう」
酔った勢いで夫の出張の話までしていた。
「でも……」
「沙也加とわたしは友だちよね」
ナオミさんが妖艶な微笑みを浮かべる。
今までも名前で呼ばれてはいたが、呼び捨てにされたのは初めて。
イケメン風のナオミさんに目を見つめられながら呼び捨てにされて、背中がゾクっとする。
「ええ」
私は戸惑いながら頷いた。友だちと言えるほど親しくはないが、「違う」と言って娘同士の関係を壊したくない。
「だったら、学生時代を思い出してキスしましょう」
「どうしてですか？」
「あら、友だちならキスをするんでしょ」
ナオミさんに顎を掴まれて上向かされた。
すべての友だちとキスしていたわけではない。特に親しい友だちとふざけ半分でしただけだ。
「そんなこと……」
『いや』と言おうとして開いた口をナオミさんの唇に塞がれて最後まで言わせてもらえない。
なんとか唇を離そうと首を振ろうとしたが、顎をしっかり掴まれていて思うように動かせない。
口の中に舌が入ってくる。
舌で押し出そうとするが逆に絡め取られてしまう。
舌先から根元まで丹念に舐められる。
夫のような荒々しい動きではない。
あくまでもソフト。
ナオミさんの舌は縦横無尽に口の中を動き回り、舌の表側だけでなく裏側も丁寧に舐め尽くす。
ナオミさんの舌の動きは巧みだ。感じるところを舐められると、私の体はビクンビクンと跳ねた。ナオミさんの舌はそこを丹念に愛撫してくる。体が熱だんだん熱くなってきた。
初めは抵抗していたが、フワッと体が浮いたような感覚になり、ウットリとしてきて、自然と目が閉じてくる。
いつまでもキスを続けてほしい。
キスだけでこんなに気持ちが良くなるなんて今までに経験がない。
友だちとしたときも夫としたときでさえ。
やめてほしくない。
いつのまにかナオミさんの動きに応えるように自分の舌も動かしている。強く押したかと思うと巧みに引いていくというようなナオミさんの舌の愛撫に私の舌は翻弄され、思う存分弄ばれる。
「ふ〜ん。うふ〜ん」
快感に痺れきった私は思わず甘い鼻息を漏らしてしまう。
そんなことをどれぐらいの時間していただろう。
キスだけで私は陶酔の極致に達しそうになってきていた。足の指先が丸まり体が小刻みに震えてくる。
それなのに私の舌に満足したのかナオミさんの舌がゆっくり離れていく。
（いやっ。もっとして）
もっとこの舌を味わっていたい。もっと気持ちよくなりたい。
逃すまいとして、私は精一杯首を伸ばしてナオミさんの舌を追いかける。
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