エピローグ まだ君を愛してる

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 60年前の世界から戻ってきたら、生きているはずの僕は2年前に死んでいた。  それが事実なら、60年前の世界から戻ってきた僕は何者なのだろう?  死んだのに生きている存在。人はそれを幽霊と呼んだりするが――  萌が嘘を言ってるようには見えなかったが、だからといってとても信じられる話ではなかった。  何はともあれねねちゃんの話も聞かなくては!  僕がそう思ったのが通じたのだろうか。  「ねねに会ってらっしゃい」  と萌が言った。  「ねねも今は未亡人の身だから、もしねねもそれを望むなら、あなたは私と別れてねねと再婚してもいい。私は十分幸せにしてもらったから、あなたの選択を尊重します」  そう言いながら萌は僕の胸の中で泣いていた。  たとえわずかな期間であってもねねちゃんと結婚生活を送りたい、などとはとても言えなかったが、  「とにかくねねちゃんと話したい」  と言うと、  「分かりました……」  と泣き笑いの表情で僕を行かせてくれた。  ねねちゃんの病室は僕が60年前の過去に出かける前と同じ病室だった。ドアが開いている。中に入るとベッドの柵に名札がつけてあり、それに〈鈴木ねね〉と無機質な文字で印刷されていた。  名字は違っているが、ベッドに横たわっているのは紛れもなく僕の最愛の妻、70歳のねねちゃんその人だった。二人の男性がちょうど見舞いに来ているようだ。  すぐにねねちゃんと目が合った。  「創君、久しぶりね。そろそろ来る頃だと思ってた」  ねねちゃんは見舞いに来た二人にとびっきりの笑顔を向けた。  「その人と話したいから、あなたたちしばらく廊下で待っててもらってもいい?」  「「了解!」」  二人がおとなしく病室を出ていくのを待って、僕は内側からドアを閉めた。  「今出て行かせたのはあたしの子どもたち。毎日欠かさず見舞いに来てくれる。本当にいい子たち」  「君の子どもは二人とも女の子だったはず……」  「それはあたしが創君と結婚したらそうなっていた、ということでしょ」  「名字が鈴木って……。君は修と結婚したの?」  「ううん。初めは清彦君と結婚した。あなたの言ったとおり、清彦君は40歳で亡くなった。そのあと修君と再婚した。二人とのあいだに一人ずつ男の子が生まれた。そのあと修君も7年前に亡くなって、あたしはまた未亡人になったというわけ」  「…………………………………………」  「なんで僕と結婚しなかったの? って顔してるわね。ここに来る前に萌と会った?」  「彼女への同情から君が僕を彼女に譲ったと聞いた」  「それだけじゃないわ!」  ねねちゃんの口調が急に鋭くなり、そして僕をキッとにらみつけた。  「創君と出会わなければ、いつか萌が言ってたみたいにあたしはきっとホームレスになってひどい人生を送っていたと思う。そのことでは心から君に感謝してるけど、結婚となると話は別だよ。つきあってるときいつでも上から目線で見下されて、おれがいたからねねは幸せになれたんだとか、おまえみたいな危険な超能力者とつきあってやれる男はおれくらいのもんだとかってグチグチ言われ続けるのはもう耐えられなかった。君も知ってるよね? あたしは誰かに同情されるのが昔から何より大嫌いだったんだ」  「…………………………………………」  「創君はあたしの初恋の人。それ以上でもそれ以下でもない。あれから萌と友だちになってさ。昔の恋人より今の友だち。今は目の前のあなたより萌の方がだいじな人かな」
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