プロローグ 最後の冒険

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 薄れゆく意識の隅で、僕は君と10年ぶりに再会した日のことを思い出していた。  50年前の春。とはいえ桜はもう散っていた。そのとき僕は20歳、大学3年生だった。  西暦2035年――  突然降って湧いたような新型コロナウイルス感染症で世界中で多くの人が命を落としたあの年からもう15年が経過していた。  しかし世界はさらなる試練を迎えていた。  日本は少子高齢化により人口減少が始まっていたが、世界の人口はまだまだ増えていた。  水や食料、資源の奪い合いから国際紛争が頻発していたが、4年前、僕が高校2年生のとき、ついに国家連合同士が正面衝突し、三度目の世界戦争に突入した。  株式も不動産も大暴落し、世界は二度目の大恐慌まで経験しなければならなかった。  高校の同級生の多くが進学をあきらめ、就職していった。  正社員を募集する会社も少なかった。  希望する条件で採用された者などほとんどいなかった。  正社員ではなく、しかも給料が少なく、休日も少ない。  嫌でも無職になるよりはマシだと、みんな死んだ魚のような目になってそんな職場に就職していった。  高卒で働くなんて早すぎる。大学なんて誰でもとりあえず行っておくもの。そんなふうに言われていた時代は過去になった。  大学に進学させてもらえただけ、僕は恵まれていた。  世界大戦と大恐慌は目で見える景色も一変させた。  失業者がハローワークにあふれ、国中の大きな公園に、住む家を失った人たちのテント村ができていた。  テント村をホームレス村と呼ぶ人も多い。  僕にはそう呼びづらかったのでテント村と呼んでいる。  駅や公共施設ではホームレスと彼らを追い出したい職員たちのトラブルが絶えず、利用客たちは言い争いを横目にみな寡黙に通り過ぎていった。  5月――  大学の講義が終わると、僕はふらりと電車に乗った。  毎日の小旅行は入学以来の習慣になっている。  だからといって勉強に身が入っていないわけでなく、今まで受講した講座の成績は、〈優〉〈良〉〈可〉〈不可〉の中で、すべて〈優〉だった。  一年の中でもっとも爽やかな季節なのに、どこにいても爽やかな気分にはなれない。  生きていくのに必死な人々の顔を見ていると無性に悲しくなる。  同情からではない。  彼らに何もしてやれない無力な自分自身に絶望するからだ。  ホームレスのテント村にいるのはホームレスばかりではない。  炊き出しをしてホームレスに食べ物を提供するボランティア。  ホームレスを見て、自分より下の人間が大勢いると安心するために訪れる野次馬のような人々。  そして、わずかなお金と引き換えにホームレスを金儲けの道具にしようと企てる犯罪者たち――  僕も毎日各地のテント村を訪れる。  でも僕はボランティアでもなければ、犯罪者でもない。  僕はたぶん今幸せではないが、ホームレスを見て彼らよりマシだと自分に言い聞かせたいわけでもない。  僕が毎日あちこちのテント村を訪れるのは人を探すため。  僕はまだ戸川(とがわ)ねねのことが忘れられなかった。  ねねちゃんが僕の前から姿を消してもう10年になろうというのに。  10年経ってもまだ引きずるくらいなら、どうしてあのときつないだ手を放してしまったのか?
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