あなたと話がしたいから 〜茶座荘の日常〜 5

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 その日僕は朝から仕事で、昼前に茶座荘に帰るべくバスに乗り込もうとしたんだけど、雨が降っているのを見て愛那さんに連絡をした。最寄りのバス停まで傘を持って待ってくれているはず。  僕は基本面倒臭がりなので、朝から雨が降っていない限りはどんなに天気予報が雨だと言っても傘を持っていくことなんてしない。2週間程前、帰る時に雨が降っていた時も少し濡れるくらい良いかと思ってそのまま帰ってきたら、愛那さんに怒られた。 「翔太くんミュージシャンなんでしょ? 風邪ひいて喉痛めたらどうするの。体調管理は社会人の基本。これからもし傘を忘れてきた時は私に連絡して。絶対だよ」  少し濡れたくらいで大袈裟な……と思った矢先、僕は本当に熱を出して寝込んでしまった。愛那さんにつきっきりで看病させてしまった上に、本当に喉を痛めてしまい、信じられないくらいしゃがれた声になってしまったのだ。  熱で気持ちも弱っていたのか、このまま声が戻らなかったらどうしよう……なんて少しだけ弱気になっていたら、愛那さんが優しく怒ってくれた。 「大丈夫、すぐによくなるよ。私も全力で看病するから。浩介が言ってたよ、翔太くんの声は沢山の人を幸せにするんだって。そんな素晴らしいもの、簡単に諦めないで」  実家で寝込んだ時以上に愛那さんは僕のことを丁寧に看病してくれた。……もっとも、僕は実家では落ちこぼれ扱いだったのでそもそもそんなに丁寧に扱われなかったのもあるのかもしれないけど。  1週間後、風邪も全快していつもの歌声が戻った時、みんな本当に喜んでくれて、体調管理の大切さを思い知った。それからというもの、なるべく天気予報を見て傘を持ち歩くようにしていたんだけど、今日は持っていくのを忘れていた。  僕がバスを降りると、停留所で愛那さんが待ってくれていた。ありがとう、とお礼を言って傘を受け取り、2人で歩き出した。 「ね、愛那さん。今日も少しだけ寄っていかない?」  僕の問いかけに愛那さんは笑顔で答えてくれた。 「そうね、今家には誰もいないし、お昼も食べちゃおう」  そう言って、僕たちは進路を変えて近くの喫茶店に入った。僕はハンバーグセット、愛那さんはラザニアを頼んだ。
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