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「……え?」
雨の日、仕事が終わり職場の裏口から出たところだった。
傘もささずずぶ濡れになっている彼が現れた。
彼ーー光希は3年も前に別れた元恋人だ。
もちろん関係を終わらせてからは1度も会っていない。
「……なんで、光希がいるの?」
くせ毛の茶髪も、男性にしては華奢な肩も、長いまつ毛も、彼はあの頃から何も変わっていなかった。
「……久しぶり、奈々」
やっぱり変わらない声を聞いたその瞬間、時間が止まったような気がした。
ーー間違いなく彼本人だ。
雨音も街の喧騒もなくなり、無音の世界にただ彼の声だけが、私の耳にまっすぐ響いていた。
「どうしたの、幽霊でも見たような顔して」
雨のカーテンの向こうで、3年前と同じ彼が微笑む。
彼の胸に飛び込んでしまいたくなる衝動を、私は必死に押さえつけた。
「……今さら何? 私たち、もう終わって3年も経つんだよ?」
これ以上彼を見たら苦しくなってしまいそうで、私は彼から目を背けた。
……これでいい。もう私に、彼は必要ない。
「そんなこと言わないでよ……」
「今さら復縁とか言われても困るの。考えられないから」
彼の言葉を無理やり遮って、私は早足で雨音と喧騒の戻った帰路に着く。
「また雨が降ったら、会いに来るから」
雨が傘を叩く音に混ざって、彼の声が私の背中を追いかけて来るのを感じた。
私はそんな彼を振り返ることもせず、早足でその場を立ち去った。
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