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あいつなら俺の考えを分かってくれる。そう信じた仁は自陣にてボールを確保しているDFに向かって手を振った。
「パスパース!」
その間も仁は5人に包囲されていた。これではパスを出すことは出来ない。
DFはMFにパスを出し、ボールを前に出した。
パスを受け取ったMFは富山高尚(とみやま たかなお)、仁とは家が近所同士の幼馴染で親友同士の関係にある。仁をサッカーチームに誘ったのは高尚である。
高尚は足に吸い付くようなドリブルを重ねて敵陣を進み行く。だが、これまでのワザと前に攻め込ませて、その度にディフェンスを重ねて行く作戦に引っかかり、スタミナをかなり消費していた高尚はその精彩を欠きはじめていた。ボールと足までの距離が段々ではあるが広がっていたのである。
仁は相手ゴール前に向かって全力で駆け抜けた。5人のマークも包囲したまま仁と共に駆けていく。こいつら、靴の裏のガムみたいにベッタリとくっついて来やがる。仁は息を切らしつつ舌打ちを放った。
高尚はスタミナが切れそうになる中、5人のマークに囲まれた仁の姿を見つけた。あいつならきっとここで決めてくれる。高尚は期待を胸に弧を描くセンタリングを上げた。
仁はセンタリングに合わせて大きく飛び跳ねた、頭を僅かに後ろに反らしヘディングシュ―トを放ちにかかる。しかし、ヘディングシュートを叩きつけたボールの行き先には鉄壁とも言える5人の壁、それをくぐり抜けてもキーパーがいる。
仁はそれを完全に見抜いていた。そのまま軽めのオーバーヘッドキックでボールを後ろに蹴った。
それには5人の壁もキーパーも予想外。全員調子が狂い、テンポをズラされて気が抜けてしまう。オーバーヘッドキックで蹴られたボールであるが、その先には高尚がいた。
高尚は「え? 俺?」と急にボールが自分に蹴られたことに驚くが、そのまま胸でトラップし、地を這うようなグラウンダーシュートを放ち、ネットを軽く揺らせた。
前半後半40分、両チームお互いに点を入れることが出来なかった。それがやっと破られたのである。
名古屋サカマタの皆は大歓喜。ロスタイムであることから勝利を確信する。ただ、一人を除いては。
高尚は「ナイスアシスト!」と仁にハイタッチを交わしに行こうとしたのだが、仁はまるで高尚なぞいないかのようにセンターに向かって走っていく。
仁は後半ロスタイム終了の笛が鳴るまで、つまり勝利が確定するまでは決して喜ばない。点を入れたところで勝利が確定した訳ではない。ただ、勝利に対して極めてストイックなだけである。
「ひとしぃ……」
高尚は寂しそうな目で仁の背中を追いかけていく。その瞬間、審判が手を上げ「ピー!」と笛を吹く。そして、センターサークルを指を差して「ピーーーーー!」と長い笛を吹いた。
試合終了である。
名古屋サカマタエイトJr! 強豪中の強豪、静岡の峰不二FCを破っての東海地区大会優勝! 彼らはこれから全国大会と言う戦いの海へと漕ぎ出していくのである!
高尚は仁と抱き合い、周りに揉みくちゃにされながら喜び合うのであった。
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