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フリーのルポライターをしている俺に
「……次の記事のネタにどうだ?」
ある日、いつも出入りしている雑誌の編集長に言われたのは、ジェンダーレスな人達の取材。
今時、そんなネタが受けるのか?
性別に対して隔たりが失くなりつつある世界で、何の記事を書けと言うんだろう……
「……あいつが案内してくれるから」
編集長が示した先には、ゲイを公言している編集者がいた。
「石崎 琉唯(いしざき るい)です」彼が右手を差し出しながら言う。
「僕、日下(くさか)さんの書く記事けっこう好きなんですよね」握手をしながら綺麗な顔で褒められたら、断るタイミングを失っていた。
さっそく二日後に、夜の街で待ち合わせた俺達は、彼がたまに行くゲイバーに向かった。
「……恋人探しというよりは、お相手探しの場所」
そう言う彼が連れてきてくれたその場所は、小さなネオンが遠慮がちについた店だった。
店の中は、わりと清潔な感じのする、一見すると喫茶店のような感じ。照明はおさえめだけど……
俺はゲイバーというところを、どんな風に想像してたんだと、自分で可笑しくなっていると、「昼間はコーヒーを出す、普通の喫茶店なんだよ」そう彼が話してくれた。
彼の説明によると、マスターのお父さんが昼間の店を、ゲイを公言しているマスターが夜の店をやっているらしい。
「ここは、客の質が悪くないから」そう微笑む彼。ここに至るまでの会話で、イヤな目にもあったであろう事は伺い知れた。
「……いらっしゃいませ」
カウンターに座ると、線の細い綺麗な顔立ちの人に声をかけられる。
「……マスター、僕はいつもの。日下さんは何を飲みます?」
「…ああ……同じもので」
頷いたマスターがグラスを手に取る。
店の中をぐるっと見回す。四人がけのボックス席が3つ。カウンターは6席。そんなに大きくない店内には、静かな音楽が流れていて心地いい。
自分達をいれても八人ほどの客がいる店内。俺達以外は1組だけが一緒に飲んでいる。
「……どうぞ」
マスターの声に、視線を移すと目の前にグラスが置かれていた。どうやらいつものは、ウイスキーのロックだったらしい。琥珀色の飲み物が透き通った氷と共に注がれていた。
「……乾杯」
彼の言葉に、グラスを合わせると一口飲む。熱さが喉を通っていく心地好さに、細く息を吐いた。
ふと隣を見るとカウンターに座っていた男に、ボックス席にいた男が声をかける。
耳元に口を寄せ合い、言葉をかわす二人。
カウンターから立ち上がった男、その腰に手を回すもう一人の男。二人は静かに店を出ていった。
「………相手が見つかったみたいですね」
隣で呟く彼。
「君も……ここで……その…相手を?」
「…僕は今、決まった人がいるので…」
そう言って、いつもはつけてない薬指のリングに触れた。なるほど、あの指輪はそういうわけか……
「……恋人がいる時は、ここには来ないの?」
「……うーん、彼と来るかな。僕、千尋(ちひろ)さんが好きなんで」
そう言いながら視線をマスターに向ける。確かにこの店は雰囲気の良さは、このマスターのせいかも知れない。
初めての客である俺にも疎外感を感じさせない、何かを持ってる人だ。
「……日下さんは、女性が好きなんですよね」
そう彼に問われ、自分の恋愛について考えてみた。そう経験があるわけではない、数少ない恋愛もどちらかというと、受け身だった。
「………うーん、たぶん」
「何それ」
隣で彼が可笑しそうに笑う。考えてみたことがなかったんだ……男性と恋愛をするということを。
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