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2.雨乞い
「いいこと考えた!雨を降らせようよ!」
笹部かぐやは、時々伝えるべきことを色々とすっとばして思いついたアイデアを口にするくせがある。
例のごとく僕の家の縁側で遠慮なくくつろいでいた今日の彼女は、その悪いくせを朝っぱらから遺憾なく発揮していた。
「いきなりなに、『雨を降らせよう』って。それと、ずっと気になってたんだけど、なんでこんな朝から僕んちに入り浸っているわけ?」
このところ、夏休みに入ってからずっと、笹部かぐやは僕の家に来ている。
最初は「うわっ、女連れ込んでる!」と茶化していた兄も、「あらあら、どうも。うちの子をどうぞよろしくね」と変な勘違いを起こしていたばあちゃんも、今では彼女が毎日のように遊びに来ているため、まるで家族の一員のように扱っている。
たしか彼女が僕の家に来ることになった当初の理由は、
「時雨くんって、数学得意だったでしょ?私、もう連立方程式から無理だから、夏休みの宿題手伝ってよー」
だったのだが、夏休みが始まってからもう1週間経とうというのに、彼女が数学のテキストを開いている様子はまだ一度も見たことがない。
けれど、今のところ笹部かぐやにどうしてこんなに僕の家に遊びに来てくれるのか問いただしたところで、メリットはない。今は雨を降らせる件だ。
「私、考えたんだけど、かぐや姫が月に帰れたのは、大前提その日に満月が見えていたからでしょ?
だから、逆転の発想!雨を降らせれば月は雲で隠れるから、かぐや姫は月の住人に連れていかれることもなく、地球に留まれたはずなの」
「……つまり、笹部さんがこの町を出ていく日に雨を降らせたら、出ていかなくてもよくなるかもしれないみたいな話?」
「そういうこと。なんだ、時雨くんものわかりいいじゃん!」
じゃ、行こっ!という笹部かぐやの声がしたと同時に、僕はくっと腕を引っ張られる感覚がした。
「え、ちょ、っ」
まっしろで今にも折れそうに細い指が、僕の腕にしっかりと絡められている。僕はしっかりパニックに陥った。
「い、行くってどこに」
「今の話聞いてたでしょ?雨乞い!」
「え、でも」
さきほどのかぐや姫理論は、笹部かぐやが物語のかぐや姫と全く同じ状況にあれば通用した理論だ。
けれど、誰が考えても、雨が降ったからといって笹部かぐやがこの町に留まれるとは思えない。それに、雨乞いをしたところで……以下省略。
そんな反論をする余地もなく、気がつくと僕は近所の公園まで駆り出されていた。
「さてさて、何から試しましょうかね」
きれいに整列した歯を見せて、笹部かぐやは不敵に笑った。そういう、ちょっと強気で大胆なところも好きなのであれば、仕方がない。
僕は論理的な反論をすべて飲み込んで、おとなしく彼女の指示に従った。
笹部かぐやが月に帰るまで、あと23日。
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