一話 祓い屋

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「さて、マユミさん。ユウジさんに言っておきたいことはありますか? 未練など、全部吐き出していって下さい」 「ユウジくんに一言謝りたかったので……もう悔いはありません」  ぐすぐすと鼻を鳴らしつつ、俺はタカハシに向かって言いきった。サツキさんは真摯な顔つきでうなずき、タカハシさんはどうですか?と水を向ける。 「僕は……俺は、マユミの写真に向かって手を合わせて、見守っててほしいなんて言ったこともあったけど。今は……マユミに安らかに眠ってほしいと思ってます」  タカハシさんの表情に凛々しさと生気が戻ってきていた。俺は口元を押さえつつこくこくと首肯する。  サツキさんがこちらの目を真っ直ぐ見つめ、尋ねる。 「マユミさん。あなたを祓ってもよろしいですか?」 「……はい」  俺の、マユミの返答は是だった。  これからここで除霊が行われるのか、とタカハシが固唾(かたず)を飲んで俺たちを見守っている。そこでサツキさんが営業スマイルを作って依頼人に向き直ると、相手はびくりと肩を跳ねさせた。 「さて、ご依頼の件はこれで大体済みました」 「あ……え?」 「マユミさんの霊はぼくたちでお祓いしますので、実務的なことで恐縮ですが前金を頂きたく存じます。霊障が解決した暁にはこちらの口座に残りの料金の振り込みをお願いしますねえ」 「はあ……はい、分かりました」  タカハシは毒気を抜かれたみたいにぽかんとしている。それはそうだろう、急にお役御免みたいな扱いをされたのだ。サツキさんは笑顔だが有無を言わさぬ雰囲気を纏い、さあさあ、と依頼人を事務所から追い出しにかかっている。 「あの、除霊をするところは見せてもらえないんですね……?」 「そうですねえ、ここから先はトップシークレットというか企業秘密というか……まあそんな感じなので」  しー、と唇に手を当てながらサツキさんが説明している。タカハシは釈然としないまま、俺に向かって手を振りつつ出ていく。小さく手を振り返す体の中で、小さくため息をこぼす。この後のお祓いをする光景など到底依頼主には見せられない。  何か不穏な空気を察したか、体内にいるマユミから動揺と不安が伝わってくる。大丈夫、大丈夫、と言葉は伝えられないなりに安心させようと念を送る。  上司は微笑を口の端にたたえ、ソファに座る俺へと歩み寄る。サングラスを外した彼は腕を伸ばして、俺を座面にそっと押し倒した。  サツキさんがつけている香水、そのスズランの匂いがふわりと鼻腔をかすめて。  サツキさんの日に焼けた精悍な顔立ちが間近に迫る。脱力した眉に反し、鋭い目の眼光は強い。すっと通った鼻梁に、薄い唇。口元にはほくろがある。若々しい容貌には溌剌とした自信が(みなぎ)っていた。引き締まった体躯はどこか、サバンナに住むしなやかなネコ科動物を思わせる。  もう何回も経験しているのに、未だにこの状況に慣れる気配がない。どっ、どっ、と胸が高鳴るのは、マユミが緊張を覚えているから、だけではない。  不意にサツキさんが目元を優しく弛め、 「怖がらなくて大丈夫だよお。いいことしかしないから」  白い歯をこぼしてにかりと笑った。  除霊には、いくつか方法があるという。俺と出会う前、サツキさんは紙で作った形代(かたしろ)に霊を降ろし、真言(しんごん)を唱えながら炎で(きよ)めていたそうだ。  今から行う方法はそれとは全く違う、極めて俗っぽいやり方だ。霊的なものは(せい)のエネルギーに弱いという。人間がする行為の中で一番生の活力にあふれているものと言えば――そう、セックスだ。  マユミの霊を降ろした俺とサツキさんは、これから性行為をする。  冗談みたいだが、サツキさんはそうしてたくさんの霊を彼岸へ送ってきた。  俺の体は覆い被さってくるサツキさんを押し返そうとするものの、優しく手を握られると肩を震わせておとなしくなる。サツキさんは整った顔を俺の首筋に埋めると、そこをぞろりと舐め上げた。瞬間的に、電流みたいなものがびりびりと全身を走る。その中には確かに快感も含まれていて。  サツキさんのいい匂いのする吐息が耳朶にかかった。湿り気を帯びた囁きが、耳管に直接吹き込まれる。 「マユミさん。今からぼくはあなたを抱きます。ユウジさんにされていると思ってもいいし、本当に嫌なら他の方法にします。あなたの意思を尊重しますからね」  ゆったりとした慰撫するような声に包み込まれていく。全身がじんわりと温かくなっていくようだ。俺はどうか安心して、と何度も念じた。サツキさんは優しく気づかってくれるから、何も心配は要らない。行為の時の彼は甘さで飽和しそうになるほど優しいのだから――こんな取り柄のない俺にさえ。  俺は目を瞑った。それを合図に、サツキさんの指がシャツのボタンをぷつぷつと外していく。明るいところで肌を曝す羞恥に頬が熱くなる。その気恥ずかしさも、胸の尖端を指先や舌で弄られるうちに散らされてしまうことを、今の俺は知っている。  熱い指先が肌に触れ、ぴくりと反応してしまう。器用な手が胸を愛撫し始めた。彼の指に少し触られただけで、俺の体は簡単に快感を得ていく。そうなるように躾られているのだ。どんどん大きくなる気持ちよさの波に恐れをなしたか、マユミは体を(よじ)って逃げだそうとする。でも、もう遅い。薄い自意識でもはっきり知覚できる。股間のものが、既に膨れて濡れそぼっていることを。  原始的な欲求に理性が勝てるわけもない。俺の視線も呼気も、隠せないほど熱っぽくなっていることだろう。 「気持ちいい?」 「ん、ぅ……」 「可愛いね。もっと声聞かせてね?」  低く呟かれ、体温がぼっと急上昇するような感覚に襲われる。違う、今のは雰囲気を演出するためのものだ。決して俺に言ったんじゃない。  降霊をしているあいだ、俺の自意識は完全になくなるとサツキさんには説明してある。彼が余計なことを感じないですむように。俺の意識が残っていると知ったら、きっと気持ち悪くてサツキさんは俺の体を抱けないだろう。  マユミが俺の体を四つん這いに近い体勢にしたのは、サツキさんにとっては好都合だったろう。後背位のように後ろから総身を密着させながら、サツキさんは俺の(たかぶ)りをまさぐる。スラックスの上から撫でられただけで、言葉にならない声が漏れ出るほど気持ち良かった。 「あー良かった、おっきくなってる。おっぱい、気持ちよかった?」 「ん、ん……!」  猫のように甘やかな嬌声を漏らしながら、マユミは生前に経験したことのない快感に戸惑ってもいるようだ。男女両方の体で性行為を体験するなんて、こんな特殊な状況でなければ絶対にあり得ないのだから、気持ちは分かる。  ベルトを弛めるカチャカチャという金属音が興奮を高める。ついに、サツキさんの掌が俺の屹立に直接触れた。  刹那、とろけそうな快感が背すじを這いのぼり、腰が砕けそうになる。 「んぁ、あ……!」 「ふふ。色っぽいいい声出たね。でも、まだまだこれからだよ?」  先走りを昂り全体に塗り広げながら、サツキさんが忍び笑いを漏らす。その鼻に抜ける笑みに被虐心を煽られ、いっそうたまらない気持ちになる。俺のものはもう、くちゅくちゅと卑猥な音を立てて悦んでいるのに、もっともっと良くしてほしくて仕方ないのだ。  サツキさんの骨張った手は、俺のいいところをすべて心得ていると言わんばかりに蠢き続ける。「は、ぅあ……」と口の端からこぼれる声が俺のものなのかマユミのものなのか、もう判別がつかない。  サツキさんがふうう、と深いため息をひとつついた。首を捻って彼の顔を見る。そこには額が汗ばみ、口元にはほほえみを浮かべ、目にはぎらぎらとした光を宿したサツキさんがいた。  ぞくり、と脳髄の震えが総身に伝播する。  無視しようとしてできるものではない。俺の太腿のあいだに、しっかりした質量を感じるものが、ぐりぐりと押し当てられている。  我知らず、ごくりと喉が鳴った。今日のサツキさんがいっそう魅力的に見えて。 「これから入れるからね。辛かったら言うんだよ?」  悠然と宣言する青年に、俺とマユミはこくりとうなずいた。  俺の後ろはもう、とろとろになってサツキさんのものが分け入ってくるのを待っている。依頼人が来る前に、いつも自分でほぐしているからだ。さんざん()らされ、高められた体は、どんな刺激でも快感に変換してしまえそうだ。  サツキさんのがゆっくりと中に入ってくる――彼も快感に溺れるのを抑えているような慎重さで。じっくりとした動きに記憶を刺激され、びくびくと痙攣するほどの快さを感じる。 「はあ、中……気持ちいいよ。ほら、分かる? 全部入ったよお」 「……、ぁ……」 「返事する余裕もないかあ。これからが本番なのにねえ」  サツキさんが俺の腰を鷲掴みにし、ゆっくりと、徐々に激しく前後運動を始める。彼のものは大きくて固く、つまりサツキさんも気持ちよくなっているというわけで、そのことが無性(むしょう)に嬉しく感じられた。
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