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ぱん、ぱん、と肉体同士がぶつかる音が響き、目の前にちかちかと星がまたたき始める。口元からだらしなく涎が垂れるのを止めることができない。サツキさんの前でみっともない姿を晒したくないのに、はしたなく下半身が揺れるのを抑えられない。
「っはあ、そこ、だめぇ……ッ」
「うんうん、ここが悦いのかあ」
もっと、もっと、サツキさんので気持ちよくなりたい。サツキさんに、俺の中で気持ちよくなってほしい。
「そんなに腰揺らしちゃって。いけない子だね……」
「んん、はあ、すごいぃ……!」
「ここ? 気持ちいい?」
「ッあ、激し……っ」
サツキさんの切っ先が俺のいいところを的確に突く。そこばかり攻められると、意識が焼き切れて飛びそうになる。別にそれでもいいか、とぼんやり思うくらい、俺の理性はとうに崩壊している。
優しさの中に、少しだけある意地悪な部分。サツキさんはこんな風に激しく愛おしく、恋人を抱くのだろうか。
甲高くなる声で快感を逃しながらそれに耐えていると、寄る辺なくぶらぶら揺れていた俺のものにサツキさんの手が伸びてきた。
「!?」
ぎゅっとやや強く握られ、背中がびんと外側に反る。サツキさんは俺を揺さぶりながら、慈しむように指の腹で竿の部分をすりすりと撫でた。
ああ、もう出る、と諦めのように思ったのも束の間、熱い指に出口を押さえられて。
激しい前後運動に翻弄されながら混乱する。そこを押さえられたら出せない。出せないのは辛い。
俺の体が達したらお祓いは完了するのだ。それを長引かせる理由なんてないはず、なのに。サツキさんにこんなことをされるのは初めてだった。
背後にある若々しい肉体の気配が密着してくる。耳元で囁く声は、熱っぽくて愉悦を含んでいた。
「ねえ。いかせてって、お願いしてみて?」
ぞわりと全身の産毛が逆立つ。不快だからではない、俺の心の芯の部分をくすぐられたからだ。
目の前が潤む。生理的な涙を目の縁に溜めながら、俺は啼いて掠れてきた喉を振り絞る。
「いかせて、ほし、です……お願いします……!」
「よくできました。いい子だね、可愛い」
ホイップクリームほどに柔らかく甘やかな声で、言う。
「さあ、逝っていいよ……っ」
「あ、サ……サキさんッ」
サツキさんの指が離れた瞬間、腰の奥に溜まっていた熱が勢いよくせり上がり、びくびくという痙攣とともに吐き出された。中空に投げ出されたみたいに、一瞬上下感覚が消失する。強すぎる快感の大波に唇を噛み、ぐっと拳を握り締めて耐えた。
急速に自分の意識がはっきりしてくる。マユミの存在が完全に消える前、かぼそく「ありがとう」と聞こえた気がした。それは俺の、勝手な希望的観測かもしれないけれど。
――サツキさん、好きです。
達したあと、サツキさんへの気持ちが胸にあふれる。絶頂の瞬間、思わずサツキさん、と呼びそうになるのをこらえた自分を褒めてやりたくなった。上司に降霊時の意識はないと説明してあるのに、俺がネタばらしをしては台無しだ。
シャツを肩にひっかけ、スラックスと下着を膝まで下ろしたままの俺とは対照的に、サツキさんはてきぱきと後始末を始めていた。掌で受け止めた俺の白濁がティッシュで拭われていく。その様をぼんやりと見ていたら、サツキさんがくるりとこちらを向いたので驚く。
「哲くん、体大丈夫?」
「……はい」
気遣わしげに言ってくるのへ、まさか「すごく気持ち良かったです」なんて返すわけにもいかず、聞きようによっては無愛想と取られかねない返事しかできない。サツキさんはそれを気にもかけない様子で、良かった、と安堵したように笑った。
「今日もありがとね、哲くん。マユミさんのこと、ちゃんと向こうに送れたみたいだよ」
「……それは、良かったです」
頭をわしゃわしゃと、それこそ犬のように撫でられながら、俺の心境は複雑だった。
どうして俺は、こんなに当たり障りのないことしか言えないのだろう。口下手すぎる自分が嫌になる。
――ねえ、サツキさん。サツキさんはまだ達ってませんよね。俺の体、もっと使ってもいいんですよ。サツキさんが満足するまで、好きにして下さい。
なんて、言えない。本当は、そう言いたいのに。
俺はサツキさんに惹かれている。何回も抱かれているうちに……いや、初めて抱かれた日から彼のことが好きだった。
でも、口が裂けても好きだなんて言えない。こんな俺の好意なんて、迷惑に違いないから。気持ちを伝えたら、サツキさんは困ったように笑って、ごめんね、と口にするだろうか。それとも。
『ああ、抱かれてるうちに勘違いしちゃった? 仕事だから仕方なくセックスしてるだけなのにねえ。ぼくを好きになる権利が、哲くんにあると思うの?』
冷たい声音で、そんなことを言われたら。すっと心臓のあたりが冷え、奈落の上にいるような気持ちになる。サツキさんに嫌われたら俺は生きていけない。それはなにも比喩表現ではない。何もできず、他人よりもすべてが劣っている俺には、今の仕事しかない。サツキさんしかいないのだ。
俺は犬だ、と自分に言い聞かせる。ご主人様の言いつけを忠実に守る、お利口な犬。犬にならなければ、俺に生きていく道はない。サツキさんの仕事を手伝い、感謝の言葉と給与と住む場所を貰う。充分すぎるじゃないか。不満なんてない、それ以外に何も望むものなんてない。俺は聞き分けのいい犬なのだから。
犬は何も望まない。
鬱々と自分を諭していると、哲くーん、と出し抜けに名前を呼ばれてびっくりする。
スカジャンを羽織り、サングラスをかけ直したサツキさんが、事務所の出入口でひらひらと手を振っていた。
「ぼく、ジムに行ってくるね。そのあと買い物もしてくるから。哲くんはゆっくりしててねえ」
「え!?」俺はがばりと体を起こす。「そんな、買い物くらい俺が……」
「いいのいいの、哲くんの方が負担が大きいんだから。買い物なんて行かせられないよ。もし出かけるならお守りは忘れずに、だよ?」
お茶目なウインクを残して、サツキさんは出かけていった。
呆気に取られていた俺は、自分が乱れたままの格好であることを思い出し、いそいそと服を纏い直そうとして――未だに体に残るサツキさんの感触が蘇り、頬の熱がぶり返す。
駄目だ、こんなことでは。早くシャワーを浴びて、事務所の掃除でもしよう。
サツキさんの役に立っているあいだは、おそらく邪険には扱われない。俺はサツキさんの役に立たなければならないのだ。
それにしても、と思う。祓い屋としての顔をしたサツキさんは徹頭徹尾格好いい。依頼人を思いやる真摯な声音。ちょっと胡散臭いけれど朗らかな笑顔。行為のときの、相手を思いやりながら興奮を高める体の使い方。
シャワーを浴び、一息入れて掃除をしながら、サツキさんのことをぽわんと考える。早く帰ってこないかな、と思っていると、テーブルの上のスマホがけたたましく鳴り出した。この着信音はサツキさんだ。
緊急事態だろうか、と慌てて電話を受けると、こちらが何か言う前に性急な声が鼓膜に飛び込んだ。
『て、哲くん! 大変、助けてえ!』
「え!? さ、サツキさん! どうしたんですか?」
『それが、それがね……』
深刻な様子に呼吸が止まる。そして、サツキさんは言った。
『じ、Gが! Gが事務所の階段のとこにいるんだよお! 助けて哲くん』
――え?「Gって、あの……ゴキブリですか? それともゲジゲジ?」
『あーっ! その名前言っちゃダメ! ちなみにどっちもいる!』
「あらら……じゃあ、すぐ行きますね」
お願い哲くん、と必死なサツキさんの声に、不謹慎ではあるがくすっと笑ってしまう。彼は人智を超えた現象や霊的なものを相手に全然怯まないのに、脚が六本以上ある生き物には驚くほど弱いのだ。いつも余裕があって格好いいサツキさんだけれど、そういうところだけは可愛いな、なんて思う。
俺が雇い主に不埒な感情を抱いていることは、絶対に全部秘密だ。
サツキさんを窮地から救うための箒を手に取りながら、俺は上司のもとへと急いだ。
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