後ろ側のウルスラ

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「そして、二人も俺も帰ってきたら必ずポストを見てる。にも関わらず、縁さんに言われるまで葉書のことは知らなかった。そして、縁さんが家にいる時にポストに入れてたら多分気づくと思わないか?というか、縁さん几帳面だから出かける前もポストを見るだろ」  言われてみればそうだ。  いつも行きにポストを見る時には手紙が入っていない。つまり、私が買い物に行って帰ってくる一時間から二時間程度の間にこの家に来て、こっそり入れてる輩がいるということで。 「“これからもよろしく”。……筆ペンだな、少しだけ字が滲んでる。これ、手書きなんだ。つまり、毎回同じ言葉を手書きで書いてる。印刷じゃあない。これは執念の現れだ。でもって宛名はいつも縁の名前。……これは、縁さんがここまで気づくことを前提に仕組んでる。相手の性格が透けるな」 「ど、どういうこと?」 「匿名で自分の正体は明かさないが、自分の存在は知ってほしいってことさ。そして、それを縁さんに意識してほしい、怖がってほしい。これからもよろしく、は“これからも貴女の生活を覗き見させてもらいます”って宣言だろうな。つまり……この葉書の主はストーカーだ。だって、縁さんが買い物に行く時間や、他の家族が帰ってくる時間を正確に把握してるってことなんだから」 「な、な……」  言葉が出ない。  あり得ないわよ、と言いかけた声が震えた。だって私は四十代のおばさんなのだ。特に美人でもなんでもない、ちょっと太ってる普通の専業主婦。結婚もしていて子供もいる。そんな女にどうしてストーカーなんてものがつくのだろう?  そもそも、どうやって私や家族の行動時間を調べたのか?何処かにカメラでも仕掛けてあるのだとしたら――。 「落ち着いて縁さん」  夫は優しく私の目を見つめて言った。 「一つ心当たりがある。……半年前って言ったよな?自転車をメンテに出したのが半年前じゃなかったか?でもって、縁さんスーパーに行くのにいつも自転車使ってるよな?」 「……!」  結論を言えば。  私の自転車に、発信器と小型カメラがくっついていた。機械なんかに疎い私はまったく気が付かず、ストーカーに居場所を伝える乗り物に乗り続けていたのである。  警察が来て、自転車屋さんのアルバイト店員が逮捕され、事なきことを得た。私たちにも、平穏な日々が戻ってきたわけだ。  ただ。  それでも時々、友人や親戚との会話でこの台詞が出るとドキッとしてしまう。 「これからもよろしくね」  あれはけして、悪意の言葉などではないはずなのに。
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