池のほとりで絵を描く女

1/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
     僕が彼女に出会ったのは、学校から帰る途中だった。  特に理由はないけれど、その日はいつもと違う道を通りたい気分で、細い水路の横を歩いていた。緑の木々に囲まれたそこは、一応『自然公園』という名称になっており、水路に沿って進めば、小さな池のほとりに突き当たる。  池まで行ったら、さすがに遠回りになるのだが……。ふと目を向けると、そこでキャンパスを広げて、絵を描いている女性が視界に入った。  三つか四つほど年上、つまり女子大生くらいの年齢だろう。遠くからでも目立つのは長い黒髪であり、艶やかな美しさを感じさせられた。  切り株を模した椅子に座っており、水際に設置された木の柵も、足元に広がる土の地面も茶色。彼女が着ているカーキ色のシャツと、妙にマッチしていた。 「女子大生なら、こんなところで絵を描くより、もっと他に楽しいことがあるだろうに」  と思うと同時に、そんな女性に不思議な魅力を感じて、僕の足はフラフラと引き寄せられてしまう。  ただし、たとえ近づいても、じっくり観察することは出来なかった。  彼女にとって、僕は見知らぬ男子高校生に過ぎない。立ち止まって若い女性を眺めるのは失礼だろうし、歩きながらでもジロジロ見てはいけない、と感じたのだ。  だから足を止めたり露骨に視線を向けたりせず、ただ視界の隅で様子を確認するに留めた。  年頃の女性の香りだろうか。すぐ後ろを通ると、ふわりと甘い芳香が鼻をくすぐる。ほのかな幸せと共に、僕の目が捉えたのは、彼女の手がキャンパスに池の自然を描き出す様子だった。  ゴツゴツした男の手と異なるのはもちろん、クラスの女子たちの華奢な手とも違う。絵筆を握るのは、なめらかでありながら力強さも備えた指先だ。そんな細かい部分にも、大人の女性の魅力を感じてしまうのだった。    
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!