アイスバー

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 西暦20XX年。いつかの未来、どこかの国。  世界情勢は未知のウィルスの蔓延、国同士の戦争に端を発した混迷の中にあった。 「世界はどうなってしまうのか……」  不穏な気配が世界を、社会を包み込む中、ある食品会社の社長は決意した。 「どんな苦境にも砕けない、最強のお菓子を作ろう」  それは会社を育ててくれた社会への報恩だったのかもしれない。  かくして、社長号令の元、社員一丸となってプロジェクトは開始された。  最強のお菓子についていくつか草案と素材候補が提出され、厳正な審査と試験の末、選ばれたのは小豆を使ったアイスバーだった。  程良い甘味と硬さから、ロングセラーとして国民に親しまれてきた、会社の顔の一つだ。  世界の混迷が加速し、貧富の格差は開き、戦争は激化する中、幾多もの試行錯誤を経てついにお菓子は完成した。 「これが最強のお菓子か。皆、よくやってくれた」  見た目は既存のアイスバーと変わらない。しかし開発の過程で行った強度試験において、地球上のありとあらゆる兵器(大量破壊兵器は諸事情から試験が困難なため除外された)に対し、傷一つつかないという驚異的な試験結果を叩きだしたのだ。そして半永久的に劣化することなく、試算では核でも壊れず、人類が滅びてもなお存在し続ける事になると。  社長は確信した。これは歴史に名を残し、人類に希望を与えるお菓子になると。しかし、完成からしばらくの後、一つの問題が発生した。  その硬度ゆえ誰も食べる事が出来なかったのだ。最強に拘り過ぎたが故の盲点だった。これでは量産しても意味がない。  しかし、ただ廃棄するわけにもいかない。これは社の総力をかけた一大プロジェクトであり、利益以上の意味と、社長以下社員の思いが込められている。 「我が社のミュージアムを無料開放し、そこに展示する。皆に見てもらおう」  それが、社長の下した決断だった。せめて最強の硬さを持ったその姿を直接見てもらう事で、見た人に希望ないし何かが残ればよいという願いを込めたのだ。  やがて、世界は三度目の世界大戦へと落ちていった。そして某国の秘密兵器が起動してしまった。それは地中深く穿孔し、星の核に作用することで自壊を促すというものだった。  各国の努力も空しく、秘密兵器は止められなかった。異常気象、大地震の後、地球は粉々に砕け、宇宙の塵と散った。  しかし、アイスバーは砕け散っていなかった。それどころか傷一つないまま、宇宙を漂っている。  社長の情熱は、社員たちの努力は、熱意は正しかった。  アイスバーは今、人類の叡智の結晶、地球最後の遺産となったのである。  そして、時は流れる。  最初は小さな石ころだった。やがて引力のように数多の隕石がアイスバーに向けて飛来する。衝突し、ただ砕けるものもあれば、そのまま癒着するものもあった。  ながいながい繰り返しの果て、いったいどれだけの時が流れたのか、太陽系にまた、一つの惑星が誕生した。  誰も見る事の出来ない中心で、アイスバーだけが変わらぬ姿を保っていた。
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