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公演が終わり立ち上がる。
(あれ?パンフレットどこやったっけ?)
うっとりとしていたせいだろう。
手に持っていたはずの物がない。
(落としたのかな?)
キョロキョロと辺りを見回して、椅子の上に置いた小振りな鞄の中を探す。
「秋。どうした?」
鞄から手を離し、スマホの電源を起ち上げる。
一度電源を落としたスマホは、起動まで中々に時間がかかる。
(嫌だな、この間)
「……ゆっくりでいい。溶ける物なら急ぐけど」
(本当に佐々ってば)
口元で小さく笑った佐々が、
「冗談なんだから、笑ってくれ」
と呟いた。
クラシックコンサートに、溶ける物持って来るバカがどこにいるの?
なんて、そんなことはどうでも良くて。
笑わせて、僕が嫌がる間をさり気なく埋めてくれるスマートさに胸を打たれる。
「ほーら、点いたぞ?」
そう言って摘まれた僕の右頬が、軽く伸びた。
『摘まないでよ~』
「秋が笑ってくれないのが悪い。にしても、よく伸びるな」
一体何に感心しているのやら。
『パンフレットがない』
「そっちを先に言え」
もう一方の頬も摘まれる。
チラチラと周囲の視線が僕らへ集まる。
『探すから離して』
簡潔に入力し、横へ一歩距離を取った。
「俺は俺のだって、自慢したいのになー」
「?!」
人が捌け始めたホールに響く、やや大きな声。
(止めてよ。佐々!)
片手を前へ倒して、睨み付ける。
「もう公演は終わったろ?」
(そういう話じゃないんだってば!)
パーの手で、佐々の背中を叩いた。
「距離を置かれた俺の気持ちは?」
「!……」
「何しても傷付かないってわけじゃねーの。しっかし、この短時間でよく失くして……ってこれじゃね?」
椅子の隙間から、床へと落ちたパンフレットをヒラヒラ揺らす佐々。
(解ってる。傷付けたんだ。僕の行動が)
見られたら恥ずかしい。
そう思った。
佐々は声が出せない僕といて、これまで半年。
一度だって、そんな素振りすらしなかったのに。
どこへ行っても店員さんに、積極的に声をかけてくれたし、いつだって堂々としてくれていた。
「泣き顔は二人きりの時だけにしないと、抱き締めるけど?」
「っ!……」
泣きそうになっている。
その自覚はあったけれど、改めて指摘され顔が熱くなった。
「その可愛い顔で許すから、もう距離は取ろうとすんな。な?」
まだ顔が熱くはあったけれど。
大きく一つ頷いて、僕はにっこり笑って見せた。
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