Episode10 望み

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『よろしくお願いします』 「はぁーーい!よろしく! 秋くん!荷物置いてアップからね~」  少し離れた距離に立つ。先生からも見えるように大きく頷く。 (今日もがんばろ)  よくストレッチして、その後はサンドバッグ相手に、十分ひたすらシャドーボクシング。  五分休憩したら、また十分を、四セット。  計一時間の練習メニューをこなしていく。  運動経験はないけれど、先生がタイムを教えてくれるから、一人で練習できて内容としては僕向きだ。 「ねぇキミ。最近よくいる子だよね?高校生?」  たまに見かける、明るめな茶髪のお兄さん。 (先生。僕の事情を話してないのかな?でもわざわざ言わないか) 「良かったら、この後メシ行かない?」 「……………………」  足元近くのリュックから、スマホを取り出しサッと掲げる。 『僕。喋れないので』  パチパチと何度か瞬きしたお兄さんは、 「あっ、なるほど〜。って、そんな冗談信じないから!」  「……………………」 (たまにあるリアクションだけど。なぜだろう?物凄く久々に感じるなぁ) 『それに僕、男ですよ?あと話せないのも本当です』 「俺ゲイだから、そっちはいいの。つーか、マジかよ。めちゃくちゃタイプど真ん中なのに」 「………………………………」  正直僕は、佐々以外。そう言われても嬉しく感じない。  だからこそ返事に迷う。 (なんて打とう?) 「あぁ、もういいよ。声出なくても、ワンチャンあるなら連絡先だけ交換しようぜ」 「!!」  かなり珍しいパターンだ。 (どうしよう……益々断りづらく) 「俺のなんでっ」 「!!!」 「えっ……?」 (なんでここに佐々がいるの??)  掴まれた左腕から、佐々の手が、ほんのり汗ばんでるのが伝わってくる。  思わず僕は後ろを向いた。  よく見ると、佐々は少し肩で呼吸している。 (走って来た??) 「秋は俺のだって……っ、自覚が足りない」 「?!」  ロンティーの襟ぐりへと滴る佐々の汗。  長距離を僕のために、走って来てくれたのかもしれなくて、胸が高鳴る。 『どうしてここが?』 「誰かさんがっ……そんなにあいつが特別ならってっ、教えてくれた」 「?」 (誰だろう?……ってか、いま佐々なんて?!) 「!!!」  腕を引かれ、抱き留めるようにして、佐々の胸に抱かれる。 「相談もせずっ……こんな野郎だらけのとこ来て、何か遭ったらっ……どうする気だったんだ!」  初めて聞いた怒鳴り声が、佐々の厚い胸板越しに響く。 (どうする気って……)  だって仕方がないだろう?  いくら佐々が僕を好いてくれてるからって、助かるヒトが助からない。  そんな女の子たちを無下にしてまで、僕は自分が、佐々の隣にいていいなんて、思えない!  僕だって怒鳴りたかった。  僕だって、ちゃんと佐々に、自分の口で伝えたかった。  でもどうしたってそれはできないから。  必死で佐々の腕を振り払い、スマホを動かす指先を、可能な限り走らせた。 『困ってる女の子たちを助けてあげて!佐々にはそれができるんだから。僕は大丈夫。佐々には自由でいてほしいんだ』  佐々の眉間に深い皺。  今日の佐々は様子がおかしい。佐々らしくない。 「秋、お前。自分で何打ってるか解ってる?」 『解ってるよ。だって僕なんかのせいで、助かるはずだった子が助からなかったら、そんな罪悪感と一緒になんて、僕生きていけない!』  スマホを持つ僕の腕を、佐々が握る。  その力はとても強い。ギリリと握られた部分から、じんわりとした痛みが拡がっていく。  親指を抵抗するように動かして、文字を入力する。 『痛い』  悲しんでいるような苦しんでいるような、そんな眼差しが僕を見ている。 「たとえ俺は秋と別れても、以前のように闇雲には救えない」 (どうしてそんなことっ!) 「どうしてそんなこと言うのかって顔してるから、訊かれてないけど答えると。ぶっちゃけ誰かが被害に遭ってる現場って、刃物を持ってる奴だっていることがある。そんな中に飛び込んだら、もう二度と秋には会えないかもしれない。だから俺はもう、前ほど無鉄砲には助けられない」  一気に言い切った佐々は、不思議なくらい冷静だった。 『でも僕は男で、被害に遭ってる子は女の子たちでしょ?』 「それがなんだって言うんだ?」 「!……」 「俺は別に。秋が男だから助けなくていいとは思わないし、彼女たちが女性だから、助けられなくなったって言ってるわけじゃねーよ?」  握られた力が弱まり、佐々の手が離れていく。
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