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『よろしくお願いします』
「はぁーーい!よろしく!
秋くん!荷物置いてアップからね~」
少し離れた距離に立つ。先生からも見えるように大きく頷く。
(今日もがんばろ)
よくストレッチして、その後はサンドバッグ相手に、十分ひたすらシャドーボクシング。
五分休憩したら、また十分を、四セット。
計一時間の練習メニューをこなしていく。
運動経験はないけれど、先生がタイムを教えてくれるから、一人で練習できて内容としては僕向きだ。
「ねぇキミ。最近よくいる子だよね?高校生?」
たまに見かける、明るめな茶髪のお兄さん。
(先生。僕の事情を話してないのかな?でもわざわざ言わないか)
「良かったら、この後メシ行かない?」
「……………………」
足元近くのリュックから、スマホを取り出しサッと掲げる。
『僕。喋れないので』
パチパチと何度か瞬きしたお兄さんは、
「あっ、なるほど〜。って、そんな冗談信じないから!」
「……………………」
(たまにあるリアクションだけど。なぜだろう?物凄く久々に感じるなぁ)
『それに僕、男ですよ?あと話せないのも本当です』
「俺ゲイだから、そっちはいいの。つーか、マジかよ。めちゃくちゃタイプど真ん中なのに」
「………………………………」
正直僕は、佐々以外。そう言われても嬉しく感じない。
だからこそ返事に迷う。
(なんて打とう?)
「あぁ、もういいよ。声出なくても、ワンチャンあるなら連絡先だけ交換しようぜ」
「!!」
かなり珍しいパターンだ。
(どうしよう……益々断りづらく)
「俺のなんでっ」
「!!!」
「えっ……?」
(なんでここに佐々がいるの??)
掴まれた左腕から、佐々の手が、ほんのり汗ばんでるのが伝わってくる。
思わず僕は後ろを向いた。
よく見ると、佐々は少し肩で呼吸している。
(走って来た??)
「秋は俺のだって……っ、自覚が足りない」
「?!」
ロンティーの襟ぐりへと滴る佐々の汗。
長距離を僕のために、走って来てくれたのかもしれなくて、胸が高鳴る。
『どうしてここが?』
「誰かさんがっ……そんなにあいつが特別ならってっ、教えてくれた」
「?」
(誰だろう?……ってか、いま佐々なんて?!)
「!!!」
腕を引かれ、抱き留めるようにして、佐々の胸に抱かれる。
「相談もせずっ……こんな野郎だらけのとこ来て、何か遭ったらっ……どうする気だったんだ!」
初めて聞いた怒鳴り声が、佐々の厚い胸板越しに響く。
(どうする気って……)
だって仕方がないだろう?
いくら佐々が僕を好いてくれてるからって、助かるヒトが助からない。
そんな女の子たちを無下にしてまで、僕は自分が、佐々の隣にいていいなんて、思えない!
僕だって怒鳴りたかった。
僕だって、ちゃんと佐々に、自分の口で伝えたかった。
でもどうしたってそれはできないから。
必死で佐々の腕を振り払い、スマホを動かす指先を、可能な限り走らせた。
『困ってる女の子たちを助けてあげて!佐々にはそれができるんだから。僕は大丈夫。佐々には自由でいてほしいんだ』
佐々の眉間に深い皺。
今日の佐々は様子がおかしい。佐々らしくない。
「秋、お前。自分で何打ってるか解ってる?」
『解ってるよ。だって僕なんかのせいで、助かるはずだった子が助からなかったら、そんな罪悪感と一緒になんて、僕生きていけない!』
スマホを持つ僕の腕を、佐々が握る。
その力はとても強い。ギリリと握られた部分から、じんわりとした痛みが拡がっていく。
親指を抵抗するように動かして、文字を入力する。
『痛い』
悲しんでいるような苦しんでいるような、そんな眼差しが僕を見ている。
「たとえ俺は秋と別れても、以前のように闇雲には救えない」
(どうしてそんなことっ!)
「どうしてそんなこと言うのかって顔してるから、訊かれてないけど答えると。ぶっちゃけ誰かが被害に遭ってる現場って、刃物を持ってる奴だっていることがある。そんな中に飛び込んだら、もう二度と秋には会えないかもしれない。だから俺はもう、前ほど無鉄砲には助けられない」
一気に言い切った佐々は、不思議なくらい冷静だった。
『でも僕は男で、被害に遭ってる子は女の子たちでしょ?』
「それがなんだって言うんだ?」
「!……」
「俺は別に。秋が男だから助けなくていいとは思わないし、彼女たちが女性だから、助けられなくなったって言ってるわけじゃねーよ?」
握られた力が弱まり、佐々の手が離れていく。
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