Episode10 望み

3/3
前へ
/30ページ
次へ
「見ず知らずの女性よりも、秋を優先したい。それってそんなに変なことか?少なくとも俺はそうは思わない」 『それだとでも、佐々の時間が僕に取られちゃうでしょ?僕は佐々に自由でいてほしいんだ』  打ち終えた途端、僕の文を目にした佐々が、僕の手からスマホを取り上げた。 (まだ話して)  僕の両肩に佐々の腕が乗る。至近距離。額をくっつけられ、逃れられない。 (なっ、何してっ) 「よく俺の目を見ろ」 「!」  真正面から心を射抜くようにして、見つめられる。  コクコクと二回小さく頷いた。 「俺の望みはこうやって、秋と触れ合える距離にいて、秋と一緒に生きることだ。お前の言う俺の自由ってのは、もうとっくに手に入ってる」 「…………………………」  なんてヒトなんだろうか。  常に言葉が足りない僕と、一点の曇りもない澄んだ心で向き合ってくれる。  ハンディキャップがある人間と、ただ隣にいることを、介助だと言う人もいる世の中で。  同性っていう壁まで軽々と飛び越えて、いつだって、僕だけを想ってくれるヒト。  止めどなく、涙が溢れて頬を濡らす。 「っ…………っ……」  こんな時ですら、僕の声帯は音を出してはくれなくて、どうしようもなく息が苦しい。 「っ………………」 (ごめん。佐々)  そう伝えたいのに。  声が出ない。 (ありがとう。大好きだ) 「っ…………っ………………」  啜り泣く鼻息の音。これが僕の泣き声で、佐々のものとはきっと違う。  涙で歪む視界の中に、佐々の顔面が目一杯に映り込む。 「俺のために、秋が必要。だから秋。頼むからそばにいてくれるか?」 「っ…………」  大きく何度も、首を縦に振る。 「じゃあ帰ろ。その顔の秋を、他の野郎がいるところへ置いておけない」 「!っ…………」  懸命に涙を拭って、そっと微笑んだ佐々を見た。 「あんま強く拭うなって」  目尻を下げて、口角を上げたその表情は、僕が見てきた佐々の中で、一番スッキリとした笑顔だった。  佐々はこの後、僕を家へ送る道すがら、曽野坂との関係を教えてくれた。 「従兄弟なんだよ。母方の」 『従兄弟?!』 「そっ。曽野坂は親父さん似だから、全然似てねぇけどな」 『佐々はどっち似?』 「母さんかな~?」  僕はこの日。初めて佐々の、家族写真を見せてもらった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

86人が本棚に入れています
本棚に追加