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「見ず知らずの女性よりも、秋を優先したい。それってそんなに変なことか?少なくとも俺はそうは思わない」
『それだとでも、佐々の時間が僕に取られちゃうでしょ?僕は佐々に自由でいてほしいんだ』
打ち終えた途端、僕の文を目にした佐々が、僕の手からスマホを取り上げた。
(まだ話して)
僕の両肩に佐々の腕が乗る。至近距離。額をくっつけられ、逃れられない。
(なっ、何してっ)
「よく俺の目を見ろ」
「!」
真正面から心を射抜くようにして、見つめられる。
コクコクと二回小さく頷いた。
「俺の望みはこうやって、秋と触れ合える距離にいて、秋と一緒に生きることだ。お前の言う俺の自由ってのは、もうとっくに手に入ってる」
「…………………………」
なんてヒトなんだろうか。
常に言葉が足りない僕と、一点の曇りもない澄んだ心で向き合ってくれる。
ハンディキャップがある人間と、ただ隣にいることを、介助だと言う人もいる世の中で。
同性っていう壁まで軽々と飛び越えて、いつだって、僕だけを想ってくれるヒト。
止めどなく、涙が溢れて頬を濡らす。
「っ…………っ……」
こんな時ですら、僕の声帯は音を出してはくれなくて、どうしようもなく息が苦しい。
「っ………………」
(ごめん。佐々)
そう伝えたいのに。
声が出ない。
(ありがとう。大好きだ)
「っ…………っ………………」
啜り泣く鼻息の音。これが僕の泣き声で、佐々のものとはきっと違う。
涙で歪む視界の中に、佐々の顔面が目一杯に映り込む。
「俺のために、秋が必要。だから秋。頼むからそばにいてくれるか?」
「っ…………」
大きく何度も、首を縦に振る。
「じゃあ帰ろ。その顔の秋を、他の野郎がいるところへ置いておけない」
「!っ…………」
懸命に涙を拭って、そっと微笑んだ佐々を見た。
「あんま強く拭うなって」
目尻を下げて、口角を上げたその表情は、僕が見てきた佐々の中で、一番スッキリとした笑顔だった。
佐々はこの後、僕を家へ送る道すがら、曽野坂との関係を教えてくれた。
「従兄弟なんだよ。母方の」
『従兄弟?!』
「そっ。曽野坂は親父さん似だから、全然似てねぇけどな」
『佐々はどっち似?』
「母さんかな~?」
僕はこの日。初めて佐々の、家族写真を見せてもらった。
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