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「ほら、やっぱ誰かいるって」
「いるなら、勝手に出てくるだろ?先行くぞ?」
「んーー?まぁ、それもそうか」
(待って!行かないで!!)
ダン、ダン、ダン!!
さっきよりも大きく叩く。
「やめろバカッ」
「大人しくしろっ」
決死の形相で囁く奴らが、僕の身体をドアから剥ぐ。
あっという間に、取り押さえられる。一人は肩を、一人は足を。残る一人は扉を背に立った。
(あっ、駄目だ……。こんなチャンスもう二度と来ない)
直感的にそう感じた。
高等部に進級して半年。こんな絶望がやってくるなんて、思いもしなかった。
この短時間で、本当に幾度となく、死にたくなった。
やっと解放されると思ったのに。
やがてドアの向こうからは、何の音もしなくなった。
(あぁ……終わった)
足元から崩れ落ちる。
トイレの床にへたり込み、扉を塞いでいた榎原の上履きが、小指を掠めた。
「マジであぶねー上級生か?」
「いや、同学年だろ。多分あれ、佐々だわ」
「えっ?!あいつ?!俺たちマジで命拾いじゃん」
(佐々?!『きょう』って、あの、佐々 京だったのか?)
入学早々。先輩相手に喧嘩して、何人かを病院送りにしたにも関わらず、政治家の息子だとかで、一週間の休学で済んだ。同学年の裏のボス。
クラスは一度だって一緒だったことはないけれど。
何回か廊下で見かけて、周りより、頭一つ分くらい背が高かったことは覚えてる。
「ま、済んだもんは済んだもんっしょ」
「そそ。気を取り直してヤろうぜ?なっ?」
肩を組まれ、真田の顔がすぐ真横まで迫ってくる。
(来んな。触れるな。その腕離せ)
睨み、肩を前後に払う。肘で真田の脇を突いて、逃げ出そうとして、
「おい。やっぱいるよな?しかも明らかに複数人」
「「「「!」」」」
さっきよりもやや低い声が響いた。
声は同じ。
(佐々だ!戻って来た!)
どうして解ったのかは、解らない。
もしかしたら、佐々は耳が良いのだろうか。
バレないよう、あんなに奴らは小声で話していたのに。
動きを止めた真田の腕から、そろりそろりと抜け出した。
(よしっ。行けた)
ドア前へ。ゆっくり奴らがビビってる内に移動する。
「強姦か?」
「「「っ!」」」
指摘され目を見開いた奴らを横目に、鍵のすぐそばへ。
(いまだっ!)
カチャッ。
「あっ!」
「待て!」
「柳瀬!」
三者三様の声が飛ぶ。
開けた勢いそのままに、上半身が大きく前のめりになった。
ボスンっと鈍い音がして、誰かのぬくもりが僕を包んだ。
「歩けるか?」
真上からしたその声に、僕はコクンと一つ頷いた。
「もうここはいいから、はやく降りてろ」
同級生とは思えない。大人びた声の指示に、もう一度頷いて従う。
黒髪の大柄の人に一礼して去る。
(やった!助かった!!解放だ!!)
生き長らえた心地がする。階段を駆け下りる足が軽い。
(ありがとう!佐々様!!)
勝手に佐々を、心の中で様付けして学校を出た。
僕はその夜、恐怖の渦に飲まれかける度、一瞬見かけた彼の顔を思い出し、眠くなるのをひたすら待った。
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