Episode1 ピンチ

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「ほら、やっぱ誰かいるって」 「いるなら、勝手に出てくるだろ?先行くぞ?」 「んーー?まぁ、それもそうか」 (待って!行かないで!!)  ダン、ダン、ダン!!  さっきよりも大きく叩く。 「やめろバカッ」 「大人しくしろっ」  決死の形相で囁く奴らが、僕の身体をドアから剥ぐ。  あっという間に、取り押さえられる。一人は肩を、一人は足を。残る一人は扉を背に立った。 (あっ、駄目だ……。こんなチャンスもう二度と来ない)  直感的にそう感じた。  高等部に進級して半年。こんな絶望がやってくるなんて、思いもしなかった。  この短時間で、本当に幾度となく、死にたくなった。  やっと解放されると思ったのに。  やがてドアの向こうからは、何の音もしなくなった。 (あぁ……終わった)  足元から崩れ落ちる。  トイレの床にへたり込み、扉を塞いでいた榎原(えはら)の上履きが、小指を掠めた。 「マジであぶねー上級生か?」 「いや、同学年だろ。多分あれ、佐々(ささ)だわ」 「えっ?!あいつ?!俺たちマジで命拾いじゃん」 (佐々?!『きょう』って、あの、佐々(ささ) (きょう)だったのか?)  入学早々。先輩相手に喧嘩して、何人かを病院送りにしたにも関わらず、政治家の息子だとかで、一週間の休学で済んだ。同学年の裏のボス。  クラスは一度だって一緒だったことはないけれど。  何回か廊下で見かけて、周りより、頭一つ分くらい背が高かったことは覚えてる。 「ま、済んだもんは済んだもんっしょ」 「そそ。気を取り直してヤろうぜ?なっ?」  肩を組まれ、真田の顔がすぐ真横まで迫ってくる。 (来んな。触れるな。その腕離せ)  睨み、肩を前後に払う。肘で真田の脇を突いて、逃げ出そうとして、 「おい。やっぱいるよな?しかも明らかに複数人」 「「「「!」」」」  さっきよりもやや低い声が響いた。  声は同じ。 (佐々だ!戻って来た!)  どうして解ったのかは、解らない。  もしかしたら、佐々は耳が良いのだろうか。  バレないよう、あんなに奴らは小声で話していたのに。  動きを止めた真田の腕から、そろりそろりと抜け出した。 (よしっ。行けた)  ドア前へ。ゆっくり奴らがビビってる内に移動する。 「強姦か?」 「「「っ!」」」  指摘され目を見開いた奴らを横目に、鍵のすぐそばへ。 (いまだっ!)  カチャッ。 「あっ!」 「待て!」 「柳瀬!」  三者三様の声が飛ぶ。  開けた勢いそのままに、上半身が大きく前のめりになった。  ボスンっと鈍い音がして、誰かのぬくもりが僕を包んだ。 「歩けるか?」  真上からしたその声に、僕はコクンと一つ頷いた。 「もうここはいいから、はやく降りてろ」  同級生とは思えない。大人びた声の指示に、もう一度頷いて従う。  黒髪の大柄の人に一礼して去る。 (やった!助かった!!解放だ!!)  生き長らえた心地がする。階段を駆け下りる足が軽い。 (ありがとう!佐々様!!)  勝手に佐々を、心の中で様付けして学校を出た。  僕はその夜、恐怖の渦に飲まれかける度、一瞬見かけた彼の顔を思い出し、眠くなるのをひたすら待った。
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