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 翌日のバイトは休みをもらってた。おばあちゃんを病院に連れて行く日だったので。  もっとも、連れて行くっても車も乗れないし、タクシー呼んで一緒に付き添うだけなんだけど。 「経過は順調」  おじいちゃんのお医者さんはそう言った。  あっさり終わったので、帰るとまだ11時前。  ぼくはいつもの居間でごろりと転がり、本を読んでいた。 「こんちはー」 (えっ)  何だか聞き覚えのある声が表でしたので、急いで出てみた。  すると、昨日の三人組が笑顔で立っている。 「どうしたんですか?」  そう尋ねると、健が言った。 「いや、あの後、明日、渚はお休みだっつーて事情を話したら、私たちもお見舞いに行こうって。観光に来てお見舞いもないだろうにと思ったんだが、どうしても行きたいて言うから連れて来た」 「あれ、くぬっちゅぬちゃーやたーだい(この人たちは誰だい)?」  中からおばあちゃんが出てきた。 「おばあちゃん、この人たちはね、バイト先の先輩と、東京から来た人たちだよ」 「ぬーんち、うんなっちゅぬちゃーがぃやーたんにてぃくるだるい?(なんで、そんな人たちがお前を訪ねて来るんだ?)」 「あぁ、おばあちゃん、昨日四人で飲んでですね……」 と健が言ったところで、里沙さんが小さく「馬鹿」と割り込んできて、 「いえ、昨日、渚くんと4人でご飯食べてて、おばあちゃんのお話聞いたら、私たちもおばあちゃんのところに行ってみたいなぁって」 「馬鹿、行ってみたいなぁじゃなくて、お見舞いに行きたいなぁだろう」  夫婦(めおと)漫才みたいで面白い。 「これ、ほんの気持ちですけど」  そう言って翔子さんがマンゴーの入った袋をくれた。 「あんがあんが、遠慮さじやーんかい上がれい(そうかそうか、遠慮せず上がれ)」 「上がれって」  通訳が要る。 「おじゃましまーす」  さっきまでぼくが転んでた、海の見える風通しのいい居間に通した。 「わぁ、気持ちいいねー」 「エアコン効かせたホテルの部屋よりいいんじゃない?」  おばあちゃんが、ぼくに向かって聞いてきた。 「渚、むる、ゴーヤチャンプルー、かむがやー?(みんな、ゴーヤチャンプルー、食べるかね?)」  みんなに向かって聞いてみる。 「ねえ、みんな、ゴーヤチャンプルー、食べる?」 「わぁ、食べたい食べたい!」 「食べたいって」  ばあちゃんはにこにこしながら台所へ向かった。 「どうだい? こんなところに毎日暮らしてんだぜ、おれたち」  健がちょっと自慢気に言う。  里沙さんが脱力しながら言った。 「長生きできそう……」 「渚くんが、ここが大好きだって言う訳がわかるよ」  翔子さんも呟いた。  海を見て一瞬静かになった四人の間を風が通り過ぎていく。 「あっ、おばあちゃんを手伝いに行かなきゃ!」  二人はバタバタと奥へ向かった。 「台所、こっち?」 「うん」  男二人で居間に残る。  さっきまで喋ってた健が、珍しく何も喋らない。  真っすぐ前を見て、21年見つめて来た海を眺めてる。  健も時に考えることはあるだろう。 (こっちが本当の健だったりして……)  ふとそんなことを思ったが、余計な言葉はかけずに風に任せる。
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