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次の日の午後、二人はバナナボートをやりたいと店に来た。
バナナボートというのは、空気で膨らませたバナナみたいな長いボートに何人かで乗り、マリンジェットで引っ張ってもらって楽しむものだ。なんせ空気で膨らませてるので、ふわふわと乗り心地はいいし、スピードは出るしで、定番人気のアクティビティだ。店にあるのは5人乗りで、先頭の人には持ち手のロープが付いていたが、後ろの人のは外してあった。
「その方が面白いから」
だそうだ。
バナナボートは店長の息子がマリンジェットで引っ張る。今年21歳。健という名前は、この島のイメージにぴったりだった。
「あれ、面白いですよね」
自分からお客さんに声掛けるなんて滅多しないのに、思わず口に出た。
「えっ、そう思う?」
「はい」
こないだも別のお客さんがやってるのを見て、すっごく楽しそうだった。健が上手いことボートを転倒させるので、海の上に投げ出されるお客さんも大はしゃぎで喜んだ。
「ねえ、君もやろうよ!」
「えっ?」
「女子二人でやってもイマイチ盛り上がんないし」
(いやいや、大盛り上がりするでしょ?)
そう思ったが、何故だか素直に、
「やってみようかな」
と言ってしまった。
「やろう! やろう!」
イエローさんは盛り上がってるけど、赤色さんは相変わらず。
なんか話が決まったところで、店の裏で一服している健に、
「お客さんがバナナボートだそうです」
と言いに行くと、
「はいよ」
と煙草を消して、健はキーを取りに行った。
「あ、渚、ジャケット用意しといてくれ」
「わかりました」
ということで、ジャケットを3つ用意してると、
「うん? なんで3つ? お客二人じゃん」
と言うから、
「あっ、一緒にやろうって誘われて」
と答えると、一瞬間が空いて、
「なんだ珍しいな、お前がそんなこと言うなんて」
と肩を叩かれた。
「店長ー、ちょっと渚、休憩ね」
「おう」
奥で店長の声がする。
すると健が顔を近づけ、
「お前もだんだん馴染んで来たな」
と言ってウインクをした。初めてウインクされたのが男だったというのはちょっとショックだ。
健と一緒にバナナボートを運び出してると、イエローさんが、
「やだ、こっちのお兄さんもイケメンね」
と言った。
「嬉しいなぁ。…お客さん、店長には内緒だけど、料金サービスしとくよ」
「えっ、ホント!」
なんだかシンプルでいいと思う。思ったことを何の衒いもなく口に出す。仲良くなりたい人にストレートに伝える。
(それでいいんだ……)
「お兄さん、髭がイケてるわぁ」
「そう? あっ、今夜飲む?」
「飲む飲む」
展開について行けない。
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