第五階層・人面犬

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第五階層・人面犬

 帰りの会が終わって教室を出たとたん、世界から音がなくなった。  教室に残っていたクラスメイトたちのおしゃべりも、イスや机を動かすガラガラいう音も、校内放送のチャイムも。  動画の音声をミュートにしたみたいに、突然ふっつりと消えてしまったんだ。 「……えっ」  思わずもらしたつぶやきが、がらんとした廊下に大きく響く。  それが消えると同時に、耳が痛くなるほどの静けさがやってきた。  人がいない。  廊下を見まわしても、教室をふりかえっても、誰のすがたもない。  さっきまで、みんな普通にそこにいたはずなのに。 (どうして……?)  わけがわからない。  もしかして、わたし、ねぼけてるのかな。  うっかり帰りの会の途中で眠ってしまって、とっくに下校時間がすぎたところで目を覚ました──とか。  だとしたら、まずい。塾に遅刻してしまう。  あたりを見まわしながら、わたしはそろそろと歩きはじめた。  時間を確認するためにスマホをつけたけれど、なぜか表示がバグってしまっていて、操作を受けつけない。  それでよけいに、気持ちがあせりだした。  足早に廊下の角を曲がる。  そこで、わたしは立ちすくんでしまった。  廊下の形が違う。  本当なら、そこを曲がったところには階段があるはず。なのに、今はただまっすぐな廊下が伸びている。  右手にならんだ教室の扉には、「理科室」「音楽室」「給食室」といった札がさがっているけれど、どれも、六年生の教室がある二階にはないはずの部屋だ。  わたしは何度も目をこすった。  ……うん。わかったぞ。これ、夢だ。  やっぱりわたしは、帰りの会の途中で眠ってしまったに違いない。昨日、おそくまで塾の宿題をやっていたせいだ。  そう思ったとき、廊下の後ろのほうで、チャチャチャチャッと物音がした。  反射的にふりむくと、さっきわたしが出てきた教室の中へ、赤いひものようなものが吸いこまれていくのが見えた。  一瞬のことでよくわからなかったけど、ナイロンでできた犬用のリードのようだった。夕陽にきらりと光ったのは、先端についた金具だろうか。  そう考えると、チャッチャッという物音も、廊下に爪をたてて歩く、動物の足音だったような気がしてくる。 (……え、犬? 犬がいる?)  わたしは怖くなった。  別に犬が嫌いなわけじゃないけど、校舎にいるのは明らかにおかしい。こんな変な夢(夢……のはず)の中で、おかしな犬に遭遇するのは、よけいにイヤな感じがした。  とにかく、ここを離れよう。  そう思ったわたしは、長い長い廊下を急ぎ足で歩きはじめた。  犬は、追ってはこなかった。
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