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「ま……まあ、それでも神頼みをやめられないのが人間ってやつなんだろうな。中学のころ、先生がこんな話をしてくれたことがあったよ。学校の裏手の山の上に、暮田神社っていうのがあるんだけどさ」
「あ、知ってる。二年生の遠足で行った」
「そうそう、そこだ。昭和の終わりくらいに、そこで、丑の刻参りをやろうとした女がいたそうなんだ」
「うしのこ……?」
「ほら、呪いの儀式でよくあるだろ。夜中の神社で着物の女が、ワラ人形に五寸釘をカーン、カーン……」
「ああ」
それなら知ってる。確か、図書館の本で読んだんだったかな。
偶然、呪いの儀式を目撃してしまった人が、呪いをかけていた女に追いかけてられるって話。
最後、公衆トイレに逃げこんだ目撃者は、いちばん奥の個室に隠れるんだけど、女は個室をひとつひとつノックしながら近づいてくる。
次は自分の隠れてる個室だ! と思って、みがまえていると……不思議なことに、いつまでたってもノックの音が聞こえてこない。
もしかして、助かった?
そう思って、顔を上げると……ドアをよじのぼった女が、天井とのすきまから自分を見下ろしていた。
そんなオチだったと思う。
「……けど、牛なんか出てきたっけ?」
わたしがたずねると、お父さんは声をあげて笑った。
「違う違う。丑の刻っていうのは、昔の時間のあらわしかたさ。たしか、午前一時から三時までにあたるんだったかな。十二支の丑が由来ではあるけど、呪いと動物の牛は関係ない」
と、ひとしきり否定しておいて、お父さんはふっと真剣な顔になった。
「……でも、先生の話に出てきた女は、いまの柚子と同じ勘違いをしてしまったんだな」
呪いをかけようとした人なんかといっしょにしないでよ、と思ったけど、話の腰を折りそうなのでわたしはだまっていた。
「昔、このあたりには牛を飼う牧場がたくさんあった。それが理由で、暮田神社には牛の神様がまつられているんだ。で、丑の刻と動物の牛をごっちゃにしたその女は、暮田神社で呪いをかければ、牛の神さまが憎い相手を呪い殺してくれると思ったらしい」
それは……だいぶひどい勘違いだね。
「当然だが、何度やっても女の呪いは成就しなかった。そして飲まず食わずで神社にかよいつめたあげく、最後は、自分のほうが衰弱して死んでしまったそうだよ。なんだか哀れな話だよな」
お父さんはそう言って苦笑する。
けれど、自分が死ぬまで誰かをうらみつづけることができるなんて、じゅうぶんこわい人だと、わたしは思った。
家に帰ると、予想どおり、お母さんに遅刻の件をしかられた。
「柚子、最近、気がぬけてるんじゃないの? ダメよ。中学受験はやり直しがきかないんだから。ここでちゃんといい学校に行かないと、一度しかない学生時代をムダにしちゃうの。そうなったら、もう一生とりかえしがつかないんだから」
「はあい……」
お母さんのお説教が長引きそうだと見るや、お父さんはこそこそとリビングから逃げていってしまった。
怖い話やよくわからない物理の話はするのに、こういうときにはかばってくれないんだもんなあ。
わたしがうつむいていると、お母さんは深いため息をついた。
「お母さんだって、なにも一生勉強しろなんて言わないわ。今だけがんばってくれたら、それでいいの。お父さんなんてね、いつまでも大学院に残って物理の勉強なんかしていたたくせに、ぜんぜん関係ない会社に就職したでしょう。おかげで同期の人より社会に出るのがおくれて、給料だって少ないままなのよ。柚子には、そういうふうになってほしくないの。人生を失敗しないでほしいのよ」
もう何度も聞かされた話だった。そのたびに、わたしはずーんと気持ちが重くなる。
夢の中でもいいから、「失敗しないで生きてくことなんてできない」と笑ってくれたモネちゃんに、また会いたくなった。
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