第四階層・参り女

5/6

12人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
 ペタ、ペタ、と裸足の音をさせながら、女が追ってくる。  さいわい、女の足は速くなかった。  腕も足もガリガリにやせていて、一歩ふみだすたび、ぐうらり、ぐうらり、体が左右にぶれる。まるで「やじろべえ」みたいで、見るからに危なっかしい。  だからって、心配する気持ちはぜんぜんわいてこなかったけど。  少し距離をかせいだところで、モネちゃんがカンテラの灯をふっとふき消した。  いきなり目の前が真っ暗になって、わたしは悲鳴をあげる。 「な、なんで消すの!」 「明かりをつけていたら、こっちの場所を教えるようなものでしょう」  はじめはパニックになりかけたけど、暗闇の中を走るうちに、少しずつだけど目がなれてきた。  だけどその代わりに、ふたりとも息があがりはじめる。  このまま走りつづけるのは無理だ。どこかで、あいつをやりすごさないと。  モネちゃんは後ろをふりむいて、女の姿がないことを確認すると、開けっぱなしになっていた扉のひとつへすべりこむ。  そこは、わたしが最初に出てきた女子トイレだった。  わたしを連れて、モネちゃんはいちばん奥の個室へ逃げこんだ。  カギをかけようとしたけど、()びて動かない。しかたなく、ドアを手でおさえる。  わたしは、もうれつにイヤな予感がした。 「ちょ、ちょっと。まずいんじゃない。ここ」 「……確かに、失敗したかもしれないわね。行きどまりだもの」 「それもあるけど……」  これ、完全に怪談でよくあるパターンじゃん。  そのとき、ペタペタとリノリウムを踏む足音が、廊下のむこうから聞こえてきた。  わたしとモネちゃんは、あわてて息を殺す。  そのまま通りすぎてくれないかという、わたしの淡い期待を裏切って、女の足音は、トイレの前で止まった。  ゆっくりと、トイレの中へ踏みこんでくる。  コンコンコン。  ギイーッ……。  入口に一番近い個室をノックしてから、中をのぞく。音を聞くだけで、女の動きがはっきり見えるようだった。 (うわ、うわ。ほんとに怪談のパターンどおりだよ……)  さっきの、壁に打ちつけられていた低学年の服を思いだして、わたしは体の(しん)がサーッと冷たくなるのを感じた。  コンコンコン。  ギイーッ……。  コンコンコン。  ギイーッ……。  個室を確認しながら、女は少しずつ奥へとやってくる。ふーっ、ふーっ、という荒い息づかいが、確実に近づいてきていた。  次はいよいよ、わたしたちの隠れている個室だ。  身を固くして待つ。  けれど、なかなかノックされない。  まさかと思って顔をあげると――今まさに、ドア枠の上から女が顔を出そうとしているところだった。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加