中間点B

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「拝み屋さんは、徳島に伝わる牛牛入道退治のお祭りと、地元でもともと行われていた『虫送り』っていうお祭りを合体させて、新しい儀式を考えた。それが『うしむし送り』だ。牛に悪さをする『うしむし』を、ワラで作った牛の人形に閉じこめて、たき火で焼いてしまうのさ。……つっても、もちろん、そういう『フリ』をするだけなんだけど」 「……そんなの、ほんとに効いたの?」 「効いた」 「うそぉ」 「効いたんだ。『うしむし送り』をすることで、ぱったり牛は死ななくなった。で、それがそのまま年中行事になって、二十年前くらいまで続いてたって話。いまは牧場も全部ベッドタウンになって牛なんていないから、やらなくなっちゃったけどな。昔は、暮田神社ででっかくお祭りやって、屋台が出たりもしてたんだって」  拝田くんはそう言って話を終えると、にやっと笑った。 「なんていうか、ロマンだよな。パッと見、どこにでもありそうなただのお祭りに、そんなエピソードがあるなんてさ」  正直、わたしに拝田くんのツボはさっっっぱりわからなかったけど、話そのものは興味深かった。  できれば、もっとたくさん聞きたかったんだけど……その前に、昼休み終了の予鈴(よれい)が鳴ってしまった。  午後の授業が進むにつれ、ラビュリントスへ迷いこむときが、だんだん近づいてくる。  そのうち、不安でおなかが痛くなりはじめた。  しばらくはがまんしていたけれど、体調は悪くなるいっぽうで、五時間目の体育の終わりごろには、とうとう目まいを起こしてダウンしてしまった。  先生の指示で、保健室まで連れていかれる。  貧血だろうと診断されて、六時間目はベッドで寝いていいことになった。  クラスの保険委員が、教室からわたしのかばんを持ってきてくれる。  わたしが落ちつくと、養護教諭の先生は用事があると言って出ていってしまった。  わたしは、保健室でひとりきりになった。  ラビュリントスのことを考えると心臓がバクバクして、とても眠るどころじゃなかったけれど、特にできることもない。  しかたなく、わたしは昼休みに借りた妖怪図鑑をパラパラめくってすごした。  拝田くんの「うしむし送り」の話が頭に残っていたせいか、なんとなく、牛っぽいおばけのページにばかり目がとまる。  牛鬼(うしおに)……牛の顔をした怪物。海から現れ、人を食う(牛のくせに草食じゃないの?)。濡女(ぬれおんな)という女のおばけといっしょに現れるとも、牛鬼自身が女に化けるともいわれる。  (くだん)……牛の胴体に、人の顔がついたおばけ。普通の牛から生まれ、未来のできごとを予言すると、すぐに死んでしまう。  特に、件、というおばけのことは気になった。  人の顔のついた動物で、予言をするというところが、なんとなくあの人面犬に似ている気がしたのだ。  どこかに、もっとくわしく書いていないかなと思ってページをめくっていると、  ジ……ジジッ。ジジジッ。  天井のほうから、虫の羽音がした。  チン、チン、と蛍光灯に体当たりする音も聞こえる。  窓のすきまから、カナブンでも入ってきたのかな。  そう思って、わたしがベッド横のカーテンをひくと、そこに保健室はなく、うすよごれたコンクリート打ちっぱなしの空間が広がっていた。  窓はなく、地下の駐車場を思わせる雰囲気。  天井からは、かさのついた裸電球が下がっている。  わたしは保健室のベッドごと、三度目のラビュリントスへ迷いこんでしまったのだった。
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