第五階層・人面犬

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 廊下のつきあたりを曲がると、なぜかトイレの入り口が六つも並んでいた。  女子トイレはふつうにひとつだけなのに、男子トイレばかり五つもある。  不気味に思いながら、曲がりくねって枝分かれした廊下を進むと、さらにおかしな光景が続々とすがたを現した。  低学年が描いた似顔絵でいっぱいの廊下。  真っ黄色に変色したプリントが貼りだされた廊下。  ガムテープべたべたの防火扉にふさがれた廊下。  まるで、誰かが学校の部品をばらばらに分解して、迷路みたいな形に組み立て直したみたいだった。 (夢だこれは。夢。夢夢夢。はやく覚めろ。覚めろ……)  念じながら、あてもなく学校迷路を歩きまわる。  夢はなかなか終わらなかった。  そのうちだんだん、足がつかれてくる。のどもかわいてきた。  無音の状態に我慢できなくなって、「わあーっ」と大きな声をあげてみたけれど、それは廊下にわんわん反射しながら消えていくだけだった。  体じゅうから、イヤな汗がにじみでてくる。  何度目かもわからない角を曲がったところで、はじめて階段を見つけた。  ただ、わたしの記憶にある階段の形とはだいぶ違っている。  のぼりの階段も、くだりの階段も、のっぺりした白壁に途中(とちゅう)でうめられて、使えなくされているのだ。  これじゃあ階段の意味がない。  くだりのほうの壁には、昇降口にあるようなアルミサッシの引き戸がついているものの、にぶい金色をした南京錠でがっちりカギがかけられている。  近づいてみると、南京錠には牛の顔のレリーフがついているのがわかった。  牛のひたいに、数字の「3」を左右反転させたようなマークが彫られている。  わたしは首をかしげた。  学校の部品で作ったコラージュみたいなこの場所の中で、牛のレリーフだけ、まわりから浮いている気がしたからだ。  ぼんやり牛の顔を見つめていると。 「さっき大きな声を出したの、あなた?」  背後から、いきなり声をかけられた。 「うひゃいっ!」  飛びあがりそうになって、つい、変な声が出る。  ふりむくと、知らない女の子が立っていた。  てっぺんを平たくした麦わら帽子──カンカン帽をかぶり、すそに迷路みたいな幾何学(きかがく)模様をあしらった、白いワンピースを着ている。  足元は黒く光る革靴で、手には、古びた感じの、四角い革のトランクを提げていた。  わたしが固まったまま動けないでいると、女の子はすたすたと階段をおりてきて、わたしのすぐ目の前に立った。  ランドセルよりふたまわりほども大きいトランクを、よっこいしょ、と言わんばかりの動きで床に置く。  女の子は言った。 「あたくし、気がついたらこんなところに迷いこんでいたの。もしかして、あなたも同じなんじゃなくって?」  わたしはとっさに声が出なくて、首をカクカクたてにふった。 「ああ、よかった。ひとりじゃ心細かったものだから、他の子がいて安心したわ。あたくし、有間(ありま)モネというの。あなたは?」 「は、長谷(はせ)柚子(ゆず)」 「柚子さん、ね。よろしく」  そう言って、女の子──モネちゃんはにっこりと笑った。
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