第三階層・うしむし

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 モネちゃんはトランクからねじのついたフックを探しだすと、さっき拾ったホウキの柄の先端にねじこんで、即席の(かぎ)ざおを作った。  できる限り離れたところから、その鉤ざおをのばす。  フックの先がカギに引っかかって、チン、と音をたてた瞬間──。  ダクトの口から、白っぽい何かが大量にふってきた。  一瞬、糸を引く納豆みたいに見えたそれは、ウジャウジャとからみあう、ものすごい数の白い虫だった。  カメムシに似ているけど、一匹一匹がわたしのにぎりこぶしくらいある。  やけどの後にできた水ぶくれみたいな、ぶよっとした質感をしていて、背中にブツブツの黒い斑点(はんてん)があった。  見た瞬間、生理的な気持ち悪さで、全身にぞぞぞっと鳥肌がたった。  引きつった顔のモネちゃんが、後ずさりながら、鉤ざおを引こうとする。  と、意外なほど強い力で、逆に引っぱりかえされた。  からみあって、ひとかたまりになった虫の群れが、まるで人の手みたいな形になって、鉤ざおの先をつかんでいた。  ダクトから、虫と一緒に白いものが落ちてくる。  白い棒みたいに見えたそれは、どうやら、なにかの骨らしい。  スペアリブの形をした肋骨(ろっこつ)と、角のはえた頭蓋骨(ずがいこつ)があったので、わたしにもそれがわかった。  初日の理科室で見た、牛の骨格に似ている気がした。  落ちてきた骨をのみこみながら、虫の群れが立ちあがった。  針金を(しん)にして粘土人形を作るみたいに、牛の骨をむりやり二足歩行の形に組みかえながら、人間みたいなすがたになろうとしている。  人間よりも大きい牛の骨を使ったせいか、立ちあがったそいつは、上背(うわぜい)が二メートル以上もあった。  頭の横から、むきだしの角が突き出している以外、全身がびっちり白い虫におおわれている。  虫がたえまなく動きつづけているせいで、白い体の上で、黒いもようがうずまいて見える。  牛の頭蓋骨の、ちょうどひたいのあたりでは、斑点が人の顔そっくりなもようを作っていた。リアルな、だけど昔の白黒写真みたいに粒子のあらい、男の顔。  虫の動きに合わせてもようが変化し、その顔が、にやああ、と笑い顔になった。  鬼だ。白い虫の鬼だ。 「柚子さんっ!」  モネちゃんの叫びで、ぼうっとしていたわたしはわれにかえった。  虫の鬼のつかんだところから、白い虫がつぎつぎと鉤ざおをはいのぼって、モネちゃんのほうへやってこようとしていた。  モネちゃんはそれを、手にもったカンカン帽ではたきおとしては、革ぐつで踏みつぶしている。  虫から出る汁は、うんだ傷口みたいな黄色だった。 「柚子さん、あれよ! あれを投げて!」  モネちゃんが叫んだ。
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