第三階層・うしむし

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 モネちゃんの言う「あれ」がなんなのか理解したわたしは、大あわてで自分のランドセルをおろし、ホルスタインのぬいぐるみをひきずり出した。  ぬいぐるみの背中からは、紙をかたく巻いてつくった導火線(どうかせん)がちょろりとはみ出ている。  わたしはふるえる手で、そこにライターを近づけた。  カチッカチッと何度か失敗したけれど、なんとか火がつく。  かわいいぬいぐるみを、こんなことに使うのは気が引けるけど……。  心の中で「ごめんね」とあやまって、わたしは虫の鬼めがけ、ぬいぐるみを投げつけた。  わたしのコントロールはだいぶ甘かったけど、虫の鬼のほうがそれをのがさなかった。  虫の群れの形がぶわっと一瞬くずれ、野球グローブみたいに広がったかと思うと、ぬいぐるみをすっぽりつつみこんでしまったのだ。  ぬいぐるみをのみこんだ虫の群れは鬼の形にもどり、点描(てんびょう)の顔にニンマリと笑みをうかべる。  と、思った次の瞬間、その表情がぐにゃりとゆがんだ。  ぬいぐるみを取りこんだ体の中から、けむりがあがっている。  くすぶるけむりの中心に、やがてチロチロとしたオレンジ色の火がともった。  ボッ、と小さくはじけるような音をたてて、炎がふきあがる。  頭が炎につつまれると同時に、キューッと鳴きながら虫の鬼があとずさった。  鳴き声に聞こえたそれは、熱で虫の関節がちぢみ、変形する音だった。  鉤ざおをつかんでいた腕が、手の形をうしなって、ボロリとくずれる。  モネちゃんがしりもちをつくと、鉤ざおに引っかかっていた金色のカギが、わたしたちの目の前にポトリと落ちた。 「行くわよ!」  カギをひっつかんで、モネちゃんが走りだす。  わたしもそのあとを追いかけた。  肩ごしにふりむくと、虫の鬼はたいまつのように燃えあがっていた。  あたりに散らばっていた白い虫たちも、昆虫のもつ本能のせいか、自分からその中へ飛びこんでゆく。  モネちゃんは、なぜか扉を開けずにその前で待っていた。  わたしが追いつくと、カギをさしだしてくる。 「柚子さんが開けて」 「な、なんで?」 「あたくし、指がふるえてうまく開けられないの」  虫、そんなに嫌いだったの? ……なんて言っているひまはない。  わたしはカギを外し、扉の中へとすべりこむ。モネちゃんもつづいた。  扉を閉める直前に見えたのは、燃えながら干し草の山につっこむ鬼のすがただった。  キャンプファイヤーのように、巨大な炎がふくれあがる。フロア全体が火の海になろうとしていた。  ピシャリと扉を閉めたわたしたちは、一気に階段をかけおりた。  次のフロアへと続く扉の前で、ようやくひと息をつく。炎の熱も、光も、不思議とここまではとどかないようだった。
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