第三階層・うしむし

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 実はさっき、モネちゃんがホルスタインのぬいぐるみにちょっとした細工をしていた。  中にそのへんで拾った干し草と、トランクから出てきた銀チューブの油絵具をつめ、紙の導火線をつけたのだ。  その効果は、さっき見たとおり。 「絵の具が燃えるなんて、わたし、知らなかったな」  階段に腰かけたままわたしが言うと、モネちゃんが笑った。 「油絵の画材って、燃えやすくて危ないのよ。絵の具をふいた布を放置しておくだけで、ひとりでに火が出て火事になるくらい」 「へえ……。モネちゃんって、なんかすごく物知りだよね」 「それほどでもなくってよ。でも、本を読むのは好きだったわね。学校の教科書もだけれど、歴史小説や、科学の図鑑や、神話伝説の本なんかも……。お気に入りはギリシア神話の本だけれど、何度もひっこししているうちに、なくしてしまったのよね。あれは、本当に残念に思ってるわ」 「ふうん」  わたしも、四年生くらいまではよく、さし絵のついた小説を読んでいたけど、受験勉強がはじまってからは、お母さんがあまりいい顔をしないので、読まなくなってしまった。  お母さんって、「子育てのひけつ」とか「生活の質をよくする百の方法」みたいな実用書はよく読むけど、小説とかには興味ないんだよね。 「でも、今日はなんといっても、柚子さんのお手柄だったわね」  モネちゃんにそんなふうにほめられて、わたしは顔が熱くなった。 「……やっぱり、あれが『うしむし』だったのかな」  実は、ベッドでホルスタインのぬいぐるみを見つけたときから、わたしの頭には「うしむし送り」の話のことがあったんだ。  ――ワラで作った牛の人形に閉じこめて、たき火で焼いてしまうのさ。  拝田くんは、そんなふうに言っていたっけ。 「わからないけれど、柚子さんの用意した『人形と火』で撃退できた以上、近いものではあったんじゃないかしら」  モネちゃんが言った。 「おばけは死なないけれど、その代わり、それぞれのきまりごとにしばられるものなの。人のつばが苦手とか、水の流れてるところをわたれないとか、きたないものを見せられると弱い、とか。そして、時代や場所が違っても、性質の似たおばけは、似たようなきまりで動いていることがあるのよ。神話や伝説の本を読んでいると、よくそう思うわ」 「へえ……」  やっぱり、わたしなんかより、モネちゃんのほうがずっとたよりになる。  でも今日は、わたしもそんなモネちゃんの力になれたような気がして、ちょっとだけほこらしかった。 「ね、モネちゃん。わたしたち、けっこういいコンビだよね」  わたしが手をハイタッチの形にすると、モネちゃんは一瞬、きょとん、とした。  少しおくれてから、自分も同じ手の形をする。  わたしがそこに自分の手のひらをぶつけると、ぱちん、と気持ちのいい音が鳴った。 「ええ。あたくしは、よい相棒にめぐまれたわ」 「えへへ」 「だけど、そろそろ次の扉をあけなくちゃいけないわね。いつまでもすがたが見えなかったら、家族を心配させてしまうわ」  そう言って立ちあがるモネちゃんに、わたしの心はざわめいた。  次の扉をあけたら、もといた場所にもどってしまう。それ自体はうれしいことだけど……モネちゃんとは、もっと話をしていたかった。 「ちょっと待って。モネちゃん、連絡先交換しない? そうしたら、昼間のうちから会って、いっしょに準備とかできるじゃん」  すると、モネちゃんはこまったふうにまゆをひそめた。 「ごめんなさい。あたくし、スマアトホンは持っていなくて」 「スマホないの? まあ、そういうおうちもあるか……。じゃ、住所とか、家電(いえでん)の番号とか」 「それも、ちょっと。ほら、最初の日、あたくしこっそり学校にしのびこんでいたと言ったでしょう? あれがお父さまに知られてしまって、実はいま、外出禁止中なの。お友達から連絡があっても、とりついでくださらないと思うわ」 「えーっ……?」  なんか、ずいぶん変わったおうちみたいだ。  まあ、モネちゃんみたいな子が育つくらいだから、納得といえば納得だけど。 「まあ、いいじゃないの。ここまで来られたあたくしたちなら、今のままでもきっと、無事にラビュリントスをぬけだせると思うわ」 「……で、二学期になったら、学校、来るんだよね?」 「もちろんよ」 「じゃあ、そのときは、いっしょに遊ぼうよ。モールに買い物しに行って、ハンバーガー食べたり。カラオケしたり、さ。ぜったい、約束」 「…………ええ、そうね。約束するわ。……きっと楽しいでしょうね」  そう答えたモネちゃんの表情は、カンカン帽のふちにかくれて、よく見えなかった。
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