第二階層・レコード部屋の怪人

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 そのとき、ふいに、  ぎぎぎぎぎぎっ。  と、部屋全体が揺さぶられるような振動がおこった。  わたしはびっくりして、壁ぎわ近くにあるたなの後ろにかくれる。  レコードの紙箱と、横板のすきまから、わずかにようすを見ることができた。  振動の中心は、壁のある一点だった。  そこには他よりも小さい、ふつうの机サイズのたなが置かれていて、レコードの代わりに、つまみのたくさんついた、レトロな機械がつめこまれていた。  たなの上には、人の頭がぎりぎり通るくらいの、小さな窓がある。  と、開いたままのその窓に、ふっと人の顔が現れた。 (えっ)  わたしはギクリとする。  ちぢれた長い黒髪をした、女の人だった。  窓が小さいせいで、肩に赤い着物のようなものを引っかけていることしかわからない。  女の人が、窓から頭だけをさしこんでくると、だれもふれていないのに、たなの中の機械がカチリと作動した。  鉄の箱の中で、黒いレコードが回りだす。  女の人は機械に顔を近づけると、そこにむかってなにかをしゃべりはじめた。  でも、その声が変だ。キュルキュルキュルキュルと、録音テープを早回ししたような声なのだ。口の動きと、声が合っていない。  女の人が話しおえると、またカチリと音が鳴って、機械が止まった。  女の人はにんまり笑うと、窓の外にすっと姿を消した。  ぎぎぎぎっ、という大きな振動がまた起こり、下のほうへ遠ざかっていった。  蓄音機の流すピアノ曲以外の音が、完全に聞こえなくなってから、わたしはそっとたなの陰から出ていった。  女の人がいた窓に近づき、下をのぞきこんで──わたしはゾッとした。  そこには、人が立てる場所なんてなかった。岩肌がむきだしの断崖(だんがい)絶壁(ぜっぺき)と、深いたて穴があって、穴の下には、黒々とした闇が口をあけていた。  思わず、あとずさる。  そして、おやっと思った。さっきの鉄の箱みたいな機械から、レコードが消えて、からっぽになっている。  さっきは、確かにここにはまっていたのに。  かたんと背後で音がして、音楽が止まった。  ぎょっとしてふりむくと、机の上に、蓄音機から外されたレコードが転がっていた。  そして蓄音機の中には、別のレコードがおさめられている。  こっちの鉄の箱から、蓄音機の中へ、レコードが瞬間移動したようにしか思えなかった。  蓄音機の針が、ひとりでに落ちた。  ユリの花みたいな形をしたらっぱの中から、音声がひびきはじめる。 『令和六年度、宛内学院中等部、入学試験問題。……国語。……問一。以下ノ文章ヲ読ミ、傍線部(ボウセンブ)ヲ正シイ漢字ニナオシナサイ。一。重大ナ秘密ガばくろサレタ。「ばくろ」ニ傍線(ボウセン)。二。そっちょくニ言エバ恐ロシイ。「そっちょく」ニ傍線……』 「え……え? えっ?」  わたしは思わず、声を出してしまった。  なにこれ?  令和六年といったら、来年……つまり、わたしが受験する年だ。  じゃあ、これって……わたしが受ける予定の……未来の試験問題?
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