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「うそ」
「本当よ。証拠は、柚子さんがその目で見たでしょう」
「でも、モネちゃんはさわれるよ。体があるよ……!」
「ラビュリントスの中にいるからよ。ここは、そういう場所なの。人面犬も、丑の刻参りの女も、うしむしも……ラビュリントスの力でこの世につなぎとめられ、実体を得ているのよ。外の世界では、柚子さんにあたくしの姿は見えないし、声も聞こえないの。見えたとしても、せいぜい、ほんの一瞬よ」
モネちゃんは落ちついていた。
まるで、いつかこうなることがわかっていたみたいだった。
「だまっていて、ごめんなさいね。でも、柚子さんをこわがらせないためには、同じ小学生のふりをしたほうがいいと思ったの。いっしょにいないと、あなたを守ってあげることも、あたくしの目的を果たすこともできないから」
「どういうこと……?」
わたしの声はふるえていた。
足が急に、ゴムのようにぐにゃぐにゃになった気がして、わたしは、その場にへたりこんでしまう。
「あたくしのお父さまは、有間大道という、迷路職人だった。でも、迷路職人というのは表むきでね。本当は、ヨオロッパで魔術や呪術を学んだ、オカルト研究家だったの。このラビュリントスを作ったのは……お父さまなのよ」
「つ、作った? なんで?」
「峰背さんみたいな人たちに、やとわれたから。あの人たちはラビュリントスを使って家におばけを閉じこめ、その力を利用して、幸福になろうとしたの。昔の家では、塗籠という部屋に神さまを隠しておくことがあったのだけれど、それと同じようなものね」
おばけの力で……幸福に?
「それって、件?」
わたしが言うと、モネちゃんは少しだけ笑った。
「大あたり。峰背さんは、お父さまに、件のためのラビュリントスを作らせたの。本当なら、一度、予言をしただけで、件は死んでしまう。だけど、この迷宮の中でなら……件を生かして、予言をさせ続けることができる。でもね」
モネちゃんは苦しそうな表情にもどって、くちびるをかんだ。
「おばけの力は、人間なんかの手にはあまる。結局、峰背さんの一族は、件の予言に振りまわされ、滅びてしまったの。……あたくしがそれを知ったのは、自分が死んだあとだったけれどね」
そうか。じゃあ……峰背家にまつわるうわさは、ほぼ正しかったんだ。
峰背家の人々は、件を作る実験に成功した。
みんなの想像をこえていたのは、ラビュリントスなんてものを作らせて、その件を飼っていたことだ。
もしかしたら……峰背家の成功のいくらかは、その、長生きした件の予言のおかげだったのかもしれない。
ふと気づいた。
この部屋にある、日付だけが書かれたたくさんのレコード。
これって、件に予言させた内容を録音したものなんじゃないかって。
「峰背家がほろびても、ラビュリントスと件は、この土地にのこった。そして、ときどき子供を引きずりこんでは、生贄にしてきたのよ。……もしかして、柚子さんは最近、家に帰りたくないとか、どこかへ行ってしまいたいとか、思っていたんじゃないかしら?」
「えっ」
わたしはぎくりとした。
そのとおりだったからだ。
受験も塾も、お母さんのお小言もイヤで、不安で……ここ最近はずっと、どこかに逃げだしたいと思っていた。
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