第二階層・レコード部屋の怪人

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「うそ」 「本当よ。証拠は、柚子さんがその目で見たでしょう」 「でも、モネちゃんはさわれるよ。体があるよ……!」 「ラビュリントスの中にいるからよ。ここは、そういう場所なの。人面犬も、丑の刻参りの女も、うしむしも……ラビュリントスの力でこの世につなぎとめられ、実体を得ているのよ。外の世界では、柚子さんにあたくしの姿は見えないし、声も聞こえないの。見えたとしても、せいぜい、ほんの一瞬よ」  モネちゃんは落ちついていた。  まるで、いつかこうなることがわかっていたみたいだった。 「だまっていて、ごめんなさいね。でも、柚子さんをこわがらせないためには、同じ小学生のふりをしたほうがいいと思ったの。いっしょにいないと、あなたを守ってあげることも、あたくしの目的を果たすこともできないから」 「どういうこと……?」  わたしの声はふるえていた。  足が急に、ゴムのようにぐにゃぐにゃになった気がして、わたしは、その場にへたりこんでしまう。 「あたくしのお父さまは、有間大道という、迷路職人だった。でも、迷路職人というのは表むきでね。本当は、ヨオロッパで魔術や呪術を学んだ、オカルト研究家だったの。このラビュリントスを作ったのは……お父さまなのよ」 「つ、作った? なんで?」 「峰背さんみたいな人たちに、やとわれたから。あの人たちはラビュリントスを使って家におばけを閉じこめ、その力を利用して、幸福になろうとしたの。昔の家では、塗籠(ぬりごめ)という部屋に神さまを隠しておくことがあったのだけれど、それと同じようなものね」  おばけの力で……幸福に? 「それって、件?」  わたしが言うと、モネちゃんは少しだけ笑った。 「大あたり。峰背さんは、お父さまに、件のためのラビュリントスを作らせたの。本当なら、一度、予言をしただけで、件は死んでしまう。だけど、この迷宮の中でなら……件を生かして、予言をさせ続けることができる。でもね」  モネちゃんは苦しそうな表情にもどって、くちびるをかんだ。 「おばけの力は、人間なんかの手にはあまる。結局、峰背さんの一族は、件の予言に振りまわされ、滅びてしまったの。……あたくしがそれを知ったのは、自分が死んだあとだったけれどね」  そうか。じゃあ……峰背家にまつわるうわさは、ほぼ正しかったんだ。  峰背家の人々は、件を作る実験に成功した。  みんなの想像をこえていたのは、ラビュリントスなんてものを作らせて、その件を飼っていたことだ。  もしかしたら……峰背家の成功のいくらかは、その、長生きした件の予言のおかげだったのかもしれない。  ふと気づいた。  この部屋にある、日付だけが書かれたたくさんのレコード。  これって、件に予言させた内容を録音したものなんじゃないかって。 「峰背家がほろびても、ラビュリントスと件は、この土地にのこった。そして、ときどき子供を引きずりこんでは、生贄(いけにえ)にしてきたのよ。……もしかして、柚子さんは最近、家に帰りたくないとか、どこかへ行ってしまいたいとか、思っていたんじゃないかしら?」 「えっ」  わたしはぎくりとした。  そのとおりだったからだ。  受験も塾も、お母さんのお小言もイヤで、不安で……ここ最近はずっと、どこかに逃げだしたいと思っていた。
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