第二階層・レコード部屋の怪人

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「そういう子供は、ラビュリントスに迷いこみやすいのよ。昔だったら、『神かくし』なんて言われたんでしょうね。そして、悪いモノがいるところには、悪いモノが集まってくる。うしむしや人面犬は、地下にいる件に引きよせられて、この土地に集まってきたに違いないわ。……ラビュリントスはそうやって生贄を食らい、新しいおばけを取りこんで、勝手に大きくなっていく」  モネちゃんは、トランクをにぎる手にぎゅうっと力をこめた。 「あたくしは、日本中にいくつも遺されたラビュリントスを、ひとつひとつ、壊して回っているの。でも、あたくしだけでは、本体のある最下層までたどりつけない。生きた人間でないと、ラビュリントスのカギを開けることはできないから」 「あっ」  わたしは、昨日のことを思いだした。  モネちゃんが自分で三番の扉を開けなかったのは、そのせいだったんだ。  じゃあ……本当に……わたしとモネちゃんは、「違う」んだ。 「別の土地でラビュリントスを壊し、あたくしは、この街にやってきた。そして、次の生贄の子がラビュリントスに迷いこむのを待っていたの。同じ子供のふりをして、いっしょに行動するためにね。……ひどい話でしょう」 「待って。それじゃ……」  思わず、質問が口をついて出た。  それは、わたしがいちばん、答えを知りたくない問いかけだったのに。 「それじゃ、約束は? 二学期になって、モネちゃんが転入してきたら……いっしょに遊ぼうねって、約束したよね。それは、どうなるの?」 「……ここを壊したら、あたくしは次のラビュリントスを探しにいかなくちゃいけないわ。そうでなくっても……現実の世界では、あたくしは、ただの幽霊だもの。いっしょに学校にかよえるわけないわ」  背中をむけるモネちゃんに、わたしはつい、せめるような声をぶつけてしまう。 「うそだったの?」 「そうよ」  こっちを見ないまま、モネちゃんは言った。 「あたくしはうそつきなの。嫌いになったのなら、それでもよくってよ。だけど、もう少しだけ……第一の扉を開けるまでは、あたくしに同行してほしいの。そうすれば、柚子さんは自由になれるから」  わたしはなにも言えなかった。  なんと答えればいいかも、自分がどうしたいのかも、もうわからなくなっていた。頭がぐしゃぐしゃで、何も考えたくなかった。  ギシリ。  床板のきしむ音がした。  わたしとモネちゃんは、同時に廊下の奥をむく。大きな人影が、こちらにむかって歩いてくるところだった。  黒いスーツの男の人だ。  腕も胸も、胴まわりも太く、筋肉でスーツが内側からもりあがっている。おまけに毛深くて、手の甲には、もじゃもじゃした黒い毛が生えていた。  顔は……わからない。  頭からすっぽりと、麻袋のようなものをかぶっているからだ。袋はところどころがほつれて、そこがのぞき穴のかわりになっている。  右手には、四角い肉切り包丁。  そして、麻袋の、ちょうど首の左側あたりにレコードが深々とつきささって、ゆっくりと回転していた。  首から胸にかけて、白シャツが赤黒く変色している。  レコード部屋の──首切り怪人。
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