第二階層・レコード部屋の怪人

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「あっ……」  わたしはあわてて、転がるレコードを追いかけた。  背中から、モネちゃんの呼びとめる声が聞こえる。  でも待てない。  あれは。あれだけは、持って帰らなくちゃ。  レコードはさっきの小窓から倉庫の外に転がりでると、廊下でぱたんと横だおしになった。  わたしは小窓から身を乗りだし、レコードに手を伸ばす。  その手を、ものすごく強い力でグッとつかまれた。  あっと思う間もなく、わたしは部屋の外に引きずりだされていた。  クマのような手で首をつかまれ、壁ぎわに押しつけられる。  あの怪人だった。  いなくなったふりをして、小窓のそばに身をひそめてたんだ。  首に半分めりこんだレコードが、ゆっくり回転している。  麻袋をかぶった口のあたりから、何か聞こえた。男じゃなくて、女の人の声だった。  さっき、レコード部屋で見た、あの女性の声だ。首にささったレコードの音声が……なぜか、口から再生されている。 『午後三時、野村氏ト商談。ハジメ相場ノ三割増シノ金額ヲ示シタノチ、一割増ノ値デ手ヲ打ツベシ。午後五時、田中氏トノ会見ハ三日後ニ延期スベシ。午後五時三十分、入浴。頭、腕、背中、足ノ順ニ洗ウベシ。午後六時、夕食。麦飯ト牛肉ヲ食スベシ。ツケモノハ大根ニスルベシ──……』  これ……一日の予定だ。  その日何をするかを、細かく全部、レコードに決められているんだ。  つまり……あの部屋にあった、日付の書かれたレコードって……。  怪人は、固まって動けないわたしの首に手をかけると、右手の肉切り包丁を振りあげた。  ヒッとさけんで目をつぶった、次の瞬間。なにかが怪人の手にぶつかってきた。  たまらずひっくり返る。  身をおこすと、モネちゃんが転んだ怪人に馬乗りになっていた。トランクをかかえて、体当たりしたんだ。 「柚子さん!」  モネちゃんが叫んで、なにかを投げた。  金色のカギだった。 「扉まで、先に行っていて。最初の日と同じ!」  言い終わらないうちに、怪人がガバッと起きあがった。  それだけで、体重の軽いモネちゃんはふっとばされてしまう。  転がったところに、肉切り包丁が振りおろされる。ガンッと音がして、(たて)にしたトランクに刃先がめりこんだ。 「モネちゃ……」  立ちすくんだわたしに、モネちゃんは、きびしい声で言った。 「いいから! 行きなさい!」  一瞬だけ、わたしは迷った。  そして足元のカギをひろい、駆けだすと、さっきの小窓へもぐりこんだ。  レコードは、乱闘のときに遠くのほうまで転がってしまっていて、あきらめるしかなかった。
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