中間点D

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 すっかり日が落ちてから帰ってきたわたしに、お母さんはカンカンだった。  ずいぶん長めのお説教をされたけど、わたしの心はマヒしたようになっていて、きびしくしかられても、いつもみたいにイヤだったり悲しかったりはしなかった。  夕食は食べても味がわからなくて、しかたなく、お茶で流しこんだ。  お風呂をあがって、ベッドにたおれこむと、明日の準備をするのも忘れて、スイッチを切るように眠ってしまった。  夢は見なかった。  次の日。  朝起きてから、一時間目の音楽の時間にリコーダーの発表があることを、急に思いだした。昨日のうちに練習しておかなきゃいけなかったのに、ぜんぜんやっていない。  着がえて朝ご飯を食べ、学校まで歩いていく間、わたしはリコーダーのことを考えていた。  今からおおいそぎで学校に行って、必死に練習するのはイヤだった。  発表の時間、みんなの前で何もふけずにうつむいているのもイヤだし、そのあと、先生から「どうして練習してこなかったの?」と聞かれるのもイヤだ。  今となっては、そんなこと、全部ムダとしか思えなかった。  わたしはモネちゃんを見すてた。  あんなレコードなんて、拾おうとしなければ……いや、そもそも、持って帰ろうとしなければよかったんだ。  でも、あのときは、どうしても必要な気がしてしまった。  二学期になっても、モネちゃんは学校にやってこない。それどころか、ラビュリントスでの冒険が終わってしまったら、二度と会うことはできない。  なぜなら、モネちゃんはもう、死んでいるから。  それを聞いたとき、わたしの胸には、ぽっかりと大きな穴があいたようだった。  その穴をうめるために、せめて、ラビュリントスからなにかを持ち帰らなくちゃいけないと思った。だから、レコードをあきらめられなかったんだ。  大きな間違いだった。  間違ったせいで、わたしは、レコードも、モネちゃんも、どちらも失った。  大きいつづらをもらおうとよくばって、結局、なにも得られなかった、舌切り雀のおばあさんみたいに。  それだけじゃない。  わたしは今日の放課後には、自分ひとりでラビュリントスにいどまなくちゃいけないんだ。  ラビュリントスから解放されるには、最後にのこった一番の扉を、自分ひとりの力で開けるしかない。  でも……これまでずっとモネちゃんに助けられてきたわたしに、そんなことできるはずがなかった。  つまり今日、わたしは死ぬ。  ラビュリントスの最下層に住むおばけにつかまって、二度と帰ってこられない。  それなのに、リコーダーの発表のことを心配していなくちゃいけないなんて……バカみたいじゃない?  ああ──もうイヤだ。なにも考えたくない。  学校もイヤ。先生もイヤ。友達もイヤ。勉強も、塾も、受験もイヤだ。家族がイヤだ。お母さんがイヤだ。わたしがイヤだ。イヤだイヤだイヤだ。  気づいたらわたしは、また泣いていた。  学校はすぐそこ。学路は小学生でいっぱいだった。  通りすがる下級生たちが、歩きながら泣いているわたしの顔をジロジロ見てくる。  信号前で旗をふっていた地域の人が、わたしに気づいて、不審そうに顔をしかめた。  わたしは上着のそでで顔をかくしながら、通学路をはずれて、細い路地のひとつに逃げこんだ。  一度そっちに行ってしまうと、もう、学校にもどる気にはなれなかった。  その日、わたしは、生まれてはじめて学校をさぼった。
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