第五階層・人面犬

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 階段をのぼりきってみても、廊下におじさんのすがたはない。  だけどその代わり、いちばん近くにある教室の扉が開いていて、さっき見た赤いリードがはみだしていた。 「見てちょうだい。あのひもの先」  声を殺して、モネちゃんが言う。  さっき、リードの金具だと思ったそこには、にぶい金色をした大きなカギが結びつけられていた。 「カギ……!?」 「きっとあの扉のカギだわ。行きましょう」  モネちゃんはトランクを(たて)のようにかまえると、じりじりとカギのほうへ接近しはじめた。  わたしも、そんなモネちゃんの背中にかくれるようにして前進する。  近づくにつれ、部屋の奥からは、ごそごそとなにかをかきまわす音が聞こえてきた。 (なにしてるんだろ)  わたしはぐーっと首を伸ばして、扉の外から教室の中をのぞいてみる。  教壇の横に、ゴミ箱が横だおしになっている。  真っ黒いもじゃもじゃの毛におおわれた中型犬が、その中に頭をつっこみゴミをあさっていた。  白い首輪から、だらんと赤いリードがのびている。  モネちゃんは犬をこわがるそぶりもなく、そろりとしゃがんで、リードの先のカギに手をのばした。  と、まるでその気配に気づいたように、黒い犬がふりむいた。  体は濃い毛におおわれているのに、犬の頭には一本も毛が無かった。つるんと赤むけで、たるんだ肉がむきだしになっている。  その顔は、さっき見たばかりの、おじさんの顔だった。 「みてんじゃねえぞお」  さっきと同じ、タンのからんだ声でそう言うと、犬の胴体に対して大きすぎるその頭がぐらっとかたむいて、床に横だおしになった。  わたしは頭のしんがジーンとしびれたようになって、動けない。  黒い犬は、そのアンバランスに大きな頭をズルズルと引きずりながら、後ろ歩きでわたしたちのほうへせまってきた。 「逃げましょう!」  そう叫ぶが早いか、モネちゃんはわたしの手をとって走りだす。  後ろから、チャッチャッチャッチャッと犬の足音が追いかけてきた。  同時に、大きな頭とリードを引きずる音。チリンチリンと鳴っているのは、リードの先端に結ばれたカギだろうか。  モネちゃんはジグザクの廊下をでたらめに何度も曲がると、たまたま扉が半開きになっていた理科室へと飛びこんだ。  大きな机の陰に、わたしを連れてするりとしのびこむと、音もなくトランクをおろす。  数秒後、チャチャチャチャッという足音が理科室の前を通りすぎ、そのまま遠ざかっていった。  足音が完全に聞こえなくなってから、止めていた息をほーっとはきだす。  と、同時に、マヒしていた頭が動きはじめて、ドッと恐怖がおしよせてきた。
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