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モネちゃんはきっと、もっと生きたかった。
生きていてほしかったと、わたしも思った。
わたしがモネちゃんと遊びたいってだけじゃなくて、モネちゃんに、もっとたくさん、楽しいことをしてほしかった。
そうならなかったのは、悲しい。とてもとても、悲しい。
人が死ぬって、そういうことだ。
誰かにあったはずの未来がなくなってしまうのは、どんな不幸よりもやりきれなくて、つらいことなんだ。
それを。
それを、こいつは──こいつらは。
涙でぐしゃぐしゃの顔を上げると、にやにやと笑う女の顔が目に入った。
「……さい」
吐息のような、小さなつぶやき。
件鬼はそれを、わたしの降参の言葉だと思ったみたいだった。もっとはっきり聞きとろうとして、顔をよせてくる。
そこに、わたしは言ってやった。
「うるっ……っっっさい!!」
わたしは指をつきつけて、叫んだ。
「わたしの未来を、勝手に決めるな!」
はじかれたように身を引いた件鬼が、すっと笑みを引っこめる。
「死ヌヨ」
「そうだよ。生きてるんだから、いつかは死ぬよ。それがなに!?」
「痛イヨ。苦シイヨ」
「あたりまえだよ! 痛かったり、苦しかったりするのは、生きてるからだよ!」
「失敗スル。失敗スルヨ……!!」
「いいよ!」
そうだ。はじめて会った日、モネちゃんはわたしに言ってくれた。
「失敗しないで生きてくことなんて、できないもん。後からがんばって取りもどせばいいんだ!」
件鬼が歯をむきだしてうなった。糸のこぎりみたいにギザギザのキバ。歯並びがガタガタのひどい口だ。
相手が言葉につまったすきに、わたしは叫んだ。
「おまえなんかに、人の未来がわかるはずない。それどころか、いま、すぐ目の前で起きてることだって、ほんとはわからないんだ。違うって言うなら、わたしの質問に答えてみなよ」
件鬼が、ぎょろりと目をむく。
「わたしの体は、目に見えないくらいに小さな、たくさんの電子があつまってできてる。その電子の、どれかひとつ。どれでもいいから、五分後の位置と動きを、ぴったり正確に当ててみせて。本当に、未来がわかるんなら――簡単なはずだよね!?」
いまにもわたしに食らいつきそうだった件鬼の動きが、止まった。
「どうしたの。さあ、答えてみろ!!」
わたしがたたみかけると、件鬼の体が、壊れた機械みたいにかたかた、かたかた、小きざみにふるえだす。
両目が別方向にぐるぐると回って、鼻から、どろりとした血が流れでた。
計算してる。必死に、答えを出そうとしてる。
解けない問題の答えを。
(う――うまく、いった)
わたしが投げかけたのは、「ハイゼンベルグの不確定性原理」というものにまつわる問いかけ……らしい。
正直、自分でも意味はわかってない。ただ、お父さんに教えてもらった内容を丸暗記しただけ(暗記は得意だ。受験生だもん)。
大事なのは、電子の位置と動きの両方を正確に測定することはできないということだった。
電子の世界は常に「ゆらいで」いて、電子の位置を知ろうとすれば動きが、動きを知ろうとすれば位置が測定できなくなってしまう。
それは、量子力学によって証明されていることだった。
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