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『次は、宛内学院前。宛内学院前ぇ~』
車掌さんのアナウンスで、現実に引きもどされる。
電車がホームに止まり、ドアが開くと、ほほを切るような冷たい空気がふきこんできた。
おりる受験生たちの波にのって、わたしも電車をおりる。
とたんに緊張がぶり返してきて、息が苦しくなった。心臓がバクバクして、胸が痛い。
電車に乗りこむ人たちの流れをかきわけるようにして、改札にむかおうとしたそのとき、
「がんばって」
と、肩をたたかれた。
ふりむくと、電車に乗りこむ人々のあいまに、カンカン帽のてっぺんと、迷路みたいな幾何学模様のついたワンピースのすそが、ちらりと見えた。
その姿は、ドアが閉まると同時にかくれてしまったけど、電車が動きだし、すっかり見えなくなるまで、わたしはホームに立ちつくしていた。
熱い涙が、冬の空気で冷えきったほほを流れおちていく。
「……なにやってんの?」
後ろから話しかけてきたのは、拝田くんだった。
ふりむいたわたしが泣いているのに気づいて、あからさまにギョッとする。
拝田くんのそんなおどろいた顔を見るのははじめてで、ちょっとおかしかった。
「え、なに。なんで泣いてんの……まさか、受験票忘れたとか? だったらさ、とりあえず急いで試験監督に言いに行こうぜ。ワンチャン受験させてくれるかもしれないじゃんか。せっかく判定Bプラスまで上げたんだし、あきらめるのもったいないって」
早口に言いだした拝田くんにがまんしきれなくて、わたしは、とうとうふきだしてしまう。
いや、笑ってる場合じゃないんだけど。
「違う違う。そういうのじゃないの。ごめんね、びっくりさせちゃったよね。ただ……大好きな友達が、応援しに来てくれたから。わたし、うれしくて」
「……ほんとかぁ?」
「ほんと、ほんと。だいじょうぶだから」
「ならいいけど。長谷さんはなあ。行方不明の前科があるからなあ」
まだ納得していないようすの拝田くんの肩をたたいて、わたしは歩きだす。
「もう。その話、みんないつになったら忘れてくれるんだろ」
「さあ? とりあえず、中学の新しいクラスメイトには、おれがしゃべっちゃう気がするな。長谷柚子失踪事件」
「やーめーてーよー」
うそうそ、と笑う拝田くんがいつものペースにもどったのを見て、わたしはほっとした。
いや、ほんと、わたしが泣いてたせいで拝田くんの受験に悪い影響が出たりしたら、さすがにもうしわけなさすぎる。
改札が近づいてきた。
よし、と自分に気合を入れる。
さあ行こう。
未来で待ってくれてるあの子に、笑顔で会うために。
(ほうかごラビュリントス――おわり)
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